冬の探し物①
もうきっと永遠に春は訪れないのだろう。
そう思ってしまうような、凍える吹雪が吹き付ける冬のことだった。
書庫で一人床に座り込んで本を読んでいる少女がいる。名はカミラ。伯爵家の娘だ。
カミラは恐らく、一般人から見れば悲運の少女とでも言われるのだろうが、カミラには可哀想な少女の振りをするつもりはなかった。
母親がいないことを悲しいとは思わない、この家では無用の長物だからだ。
賎しいカサール国の民族的象徴である黒の目を嘲笑われようと悔しいとは思わない、出自は能力に比例しないからだ。
統一暦二七七年、嵐の夜、月光も届かない暗闇の日のことだった。
ジェルト地方ジェニラーム山の麓に位置する厳寒の街〝ジェラム〟の街並みを一望することができる、クレリデイラ伯爵家の屋敷。不吉なその日、その場所で、産声を上げた二人の赤ん坊のうちの一人がカミラだった。
母親は隣国カサール国の、名も知らない辺境の地から連れてこられた男爵令嬢。
病気がちな人ではなかったようだが妊娠というストレスと出産に耐えられなかったのだろう、カミラを出産した後一週間も持たずに亡くなってしまった。
これが先日、十一になったカミラの生まれだ。
なんて薄っぺらい、とカミラは独りごちる。
自分が誕生日を迎える度に、誰も手に取らない埃をかぶった記録書を手に取り、そこに記されたほんの数行の自分の出生の字を指でなぞるのだ。
いつからやっていたのかは覚えていない。
年に一回のルーティーン、それだけが自分の誕生を祝ってくれているような気がした。
本のページをめくる音、そして少しばかりの呼吸音。それ以外には何も聞こえない静寂の空間、そこに割り込むようにヒールのコツコツという音が響き渡った。
「カミラ。食事も取らず書庫に籠って本を読み漁るのもいいが、父上に与えられた課題はもう終わらせたのか」
「…………一昨日には、終わってる」
重厚な両開きの扉を手で押し開け無遠慮に書庫に入ってきたのは予想通り、と言うべきか、カミラの姉の一人、第九女のクレオだった。
開口一番に課題のことを口にするのはそれ以外に話題がないからか。
本から顔を上げることなく返事をすれば、無言で不満を訴えてくる。本当に子供のような人だ。
私より七つも年上のくせに。
誰にも邪魔されないからここに逃げているのに、時たまクレオはこうして書庫にやってくる。
ふと見れば昼間の強い陽光がステンドガラス越しに差し込んでいる。書庫に来たときは夜中だった。
いつの間にか昼になっていたらしい。床に座り込みながら本を読むのに眩しいと言うほどではなく、文字を認識するのに十分な燈だった。
「それなら良い。今日は父上が帰還される日だ。お前は今がいつかも忘れていそうだからな、優しいお姉様が教えに来てやったんだ」
「……そう、ありがとう、優しいクレオ姉さん」
皮肉混じりにそう言えば、何に満足したのか知らないが、彼女は来た道をまたコツコツとヒールの音を響かせて帰っていった。
しかし今、父上が帰還すると言ったか。
あの人が春に遠征に出てから季節がまる二つ過ぎた。今回は随分と長い旅路だったらしい。
どうせなら、もう数ヶ月ほど出てくれていてもいいのだが。父上が屋敷にいる間はこうして書庫に籠ることもできない。
「……? また誰か来たのか、二人、いや三人?」
靴が床を蹴る音が重なり合いながら響いている。その音を閉じ切っていない扉越しに聞き取った。
三人で纏まってこの書庫に近づくのは彼女たち、つまり私のメイドたちだけだ。
ここに来たと言うことは迎えの支度をさせられるか、昼になっても一向に姿を表さない私に対して怒っているのかのどちらかだろう。
放っておいてくれて良いのに、そう思っても足音は止まらなかった。
バンっと扉を開けて入ってきたフェリーナ、フェリーチャ、フェデリーカの三人を目にして溜息を吐く。
「カミラお嬢様! やっぱり此方にいらっしゃったんですね、もう!」
「開口一番にそのようなことを言うのはお止めなさい、フェリーチャ。クレリデイラ家に仕えるメイドとしての自覚が足りませんよ」
「……フェデリーカも怒ってる」
「なっ、フェリーナ!」
怒りを露わにしたフェデリーカは深呼吸してからこちらを向いた。
「失礼致しました、カミラお嬢様」
その顔には笑みを浮かべているものの、腹の底には怒りを抱えているのが見て取れた。
「ですが、朝お部屋に伺ったのですが御姿が見られませんでしたので。
それに本日はお父様のコーディ様もお戻りとなる予定です。お嬢様のお支度も済ませなければなりませんし、本日は本館で過ごされますようお願い致します」
フェデリーカに合わせて後ろに控えているフェリーチャとフェリーナも手を腹の前で組み、きっちり90度上半身を前に倒す、最敬礼だ。
この家の使用人が最初に叩き込まれる作法。周囲に散らかっている本をそのままに、床から立ち上がり、仕方なく本館の自室に向かって歩き出した。




