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鐘の音

作者: つむぎ
掲載日:2026/01/01

 

 俺は、まだ夜明け前の暗闇の中を歩いていた。

 薄暗い暗闇が僅かに地平線から光が差して、辺りを明るくさせる。


 階段を登り目的の地に立ち背伸びした。


 寝ている間に固まり縮こまった背骨がポキポキと伸びていくのが気持ちいい。


 「よし、今日も絶好調」


 そして目の前にぶら下がった縄を持つ。それを思いっきり引いて投げる、つもりで鐘を鳴らした。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン……

 

 「そして、鐘も絶好調」

 

 腰に手を当てて地平線から昇る太陽を見つめる。

 いい朝だ。


 うん?


 あそこにいるのは……

 おいおい、まじかよ、勘弁してくれ。


 俺は階段を駆け降りて崖の上に立つ人間向かって走り出す。そこにいたのは身なりの良いお家族様のご令嬢のようだった。質の良い衣服を着ているから間違いない。


 「おいっ!!そこの人!!ここから身投げしてもいい事ないぞ!それより、死ぬ前にまだ良心が残っているならやめてくれ」


 俺の大声にその令嬢が振り向く。


 「……身投げ?まさか」


 それだけ言うとまた前方を見る令嬢。


 「あ?違うのか?」

 「違うわよ、大きな塔があったから寄ってみただけ。さぞ良い景色が見えるだろうって思って」

 「お、おぉ、そうか、なんなら良いけど」


 近づくと本当に高貴な方だと思うほど綺麗な人だった。


 「なぁ、1人なのか?」


 実は護衛がいて無礼な態度をとったとして斬られないよな、と辺りを見渡した。


 「いないわ、1人よ」

 「こんな場所に女性が、それも高貴な方が何しに来たんだよ」

 「……逃げてきたの」

 「逃げてきた?」

 「そう、縛られ押し付けられた人生に嫌気がして逃げてきた」

 

 令嬢はどうでも良さそうに、山の奥に住む鐘の番なんかどうでも良さそうに、ぺらぺら話し出した。

 婚約者は浮気しその女にぞっこん、でも仕事は押し付けられ家では部下のようにこき使われる。何度も婚約解消を申し出たが、浮気女では家計を回すのは無理だと都合の良い女として匿われていた。

 これで良いのかと悩んだ時、夢で鐘の音を聞いた。唐突に見たくなって、丁度良いタイミングで婚約者の父親が亡くなり葬儀やらで忙しい中、どさくさに紛れて逃げてきた、らしい。


 「それ、本当に病気?」

 「事故よ。やだ、私がやったんじゃないわ」

 「ふーん、まぁ、俺には関係ないけど」

 「ねぇ、なんで、さっき良心があればやめておけっていったの?」

 「あ?そんな事も分からないのか?ほら、下見てみろよ」

 「?」


 麓では夜明けとともに、家の灯りがちらちら点き始めていた。そして、遠目にでも朝早くに仕事に行くのが人々が外に出始めていた。


 「考えてもみろよ、仕事行く途中、ぐちゃくちゃな人間だと思われるものが転がってたら。爽やかな朝はだいなし、もしかすると陰気な心をますます陰気にさせるわな」

 「酷い良いようね」

 「事実だ。だから、村の人々の事を考えればここから身投げだけはやめてくれってことさ」

 「なるほど」


 俺はだいぶ明るくなった空を見上げた。

 

 「ねぇ、ここでの暮らしは幸せ?」

 「幸せかどうかは分からないが、それなりに満足してる」

 「どうして?」

 「夜明け前に起きて鐘を鳴らせば、それを合図に世界が動き出す。そして、夕暮れ時に終わりの鐘を告げれば、慌ただしい1日は終了。ここで人が動く様子を見ていると、あぁ、あの人あんな朝早くから仕事か……行きたくないなって思ったんだろうか。あんなに遅くまで仕事か……お疲れ様です。ってな感じに色んな暮らしの人がいて、今の俺の生活に感謝しねぇとなって思えてくる。ただ、鐘を鳴らすだけだけど、俺のこの鐘の音で皆んなの1日が始まり終わる。こんなに役に立っているなんて幸せだよなぁ……て思えるわけ」


 それを聞いてじっと麓を見つめるその令嬢。


 『いいなそれ。じゃあ、私もここに住んでみようかな』


 「ゴーン」


 その厳かで重く、でも楽しげなその鐘の音が俺の頭に響き目を覚ました。


 「あぁ、やっちまったなぁ……」


 目の前に机には酒の缶につまみの数々。

 テレビには新年を祝う楽しげな人々。リモコンを手に取りチャンネルを変えたら、アイドル達がキラキラな衣装で楽しそうに歌を歌う。

 新年を迎えたというのに、静かだ。テレビの中はこんなに煌びやかなのに。


 現実逃避のような夢を見てしまった。

 今年は楽しく年を越せそうだと胸を高鳴らせて色々準備していたのに。このソファーだって、2人で寛いでも余裕で寝れるように買い直したのに。


 30歳手前、1年近く付き合っていた彼女に浮気されて1人で過ごす年末年始。良い雰囲気なら今後のことについても話せたら、なんて淡い期待は泡のように消えた。

 

 『忙しくて全然デートもしてくれないし、何ならときめかなくなったの』


 男との情事後であろう姿でポツリと言う元彼女。


 あなたと過ごすために必死に働き、年末年始の予定を作り、家の中も再構築(大掃除)した。なのに、その仕打ちが浮気だとよ。


 「やってらんねえよなぁ」


 テレビの中のかっこいいアイドルを見て呟いた。

 元彼女のお相手は()()()()()()()()()()だそうだ。俺たちだって30歳手前の大人だけどな。

 浮気されたショックから、どうでもよくなって年末に彼女ができた同僚のため仕事を変わってやった。だから、今日も仕事に行かないといけない。


 「にしても、酒飲んで酔い潰れて年越しもできなかったなんて……まぁ、いいか。今日も仕事だし」


 片付けは明日だ、明日。再びテレビも付けたままソファーで目を瞑る。


 あぁ、俺も逃げたいなぁ……現実逃避したい。

 職場に行けばきっといるだろう理不尽をいう上司を考えて憂鬱な気持ちになって再び眠りについた。


 『ピンポーン』


 なんだ?これも夢か?

 時計を見るとまだ午前5時半。夢か。


 『ピンポーン』

 『ピンポーン』


 「あぁ!もうっ、うるっさいな!誰だよ、正月の朝早くに来る非常識な奴はっ!!」


 苛立ちをドアノブに乗せて思いっきりドアを開けた。


 「こんな早くに何でしょうか!?」

 「……ゆうき……」

 「……あずさ……」


 目の前には寒さで凍えている元彼女。

 どういう神経で元彼の家に元旦の日に来たんだ、それを朝早くに。


 「何のようだ……謝罪ならいらない」

 「違うっ、ううん、違わないけど……その……」


 早朝、真冬の外気はまだ身体にこたえる。

 

 「はぁ……入れば?」

 「う、うん!ありがとう」


 なんか誤解しているようだけど、さすがに女性と玄関先で話すのは世間的には悪いだろうと思っただけだからな。


 「わぁ、なんか片付いて綺麗になったね。ソファーまで変えたの?」

 「……あぁ、まぁ頑張った自分へのご褒美だな」

 「ふーん、本当に?」

 「まぁ、心機一転ってことだな」

 「へー」

 

 そう言って断りもせず新しいソファーに座るコイツは、もう他人だと自覚しているのか?


 「ねぇ、ゆうき。私……馬鹿だった。あんな事になったのは、ゆうきが仕事ばっかで寂しくて。でも別れて気付いたの。ゆうきとの何気ない日常が幸せなんだって……刺激的な時間はどうしても過ぎていく。だから……戻ってきていい?」


 そんな涙目で訴えられても。

 全然気持ち揺れないんだけど。


 俺は窓から外を見つめていた。

 もうちょっとで夜明けか?


 「ねぇ、ゆうき。聞いてる?」


 あずさが後ろから抱きしめてくる。甘えるように背中に顔を擦り付ける。別れる前は彼女のその甘い香水も柔らかな髪の毛も俺を誘惑する1つだったが、今は何とも思わなかった。

 むしろ、吐き気がする。


 俺はゆっくりと彼女の手を離して後ろを向く。

 あずさは捨てられた子犬のような顔で見上げてくる。


 「なぁ、あずさ」

 「なに?」

 「もうすぐで夜明けだな」

 「……それがどうしたの?」

 「夜明けは1日の始まりじゃないか。そんで、今日は今年の始まり。つまり、俺にとっては新しいスタートなんだ」

 「……は?」

 「だから、俺はもう新しいスタートを切ったんだ」

 「え、何急に……ポエマー?」

 「俺はもう前に進んでいる。だからさ、あずさ。お前も自分から振った元彼のとこに来るなんて恥ずかしいことせずに前向けよ。おおよそ、浮気相手が既婚者で相手にバレて慰謝料でも請求され、家賃も払えないとかなんだろ?」

 「はっ!?なんでっ?ゆうき、まさかあんたがバラしたのっ!?」

 「まさか、本当なのか?びびるなぁ、お前不倫してたのか」

 「なっ、いや、それは……」


 知らなかったんだよ、とかごにょごにょ言っているが不倫確定みたいだ。


 「お願い……ゆうき、お金ないの……払えなければ会社にバラすって……あたし貯金もないし」

 「それに関しては誠心誠意、働いて払うしかないだろう?それだけのことやったんだから」

 「でも」

 「あ、ほら。夜明けだ」


 窓から差し込むオレンジ色の光。

 眩しさに目を細める。


 「見ろよ、綺麗だろ?荒んで真っ黒なお前の心も洗われていくみたいだろう?」


 俺はあずさの肩に手を置いて言った。


 「何、うざ。てか、きもいしダサいんだけど」

 「言っとくが、元彼に泣きつくお前もダサいぞ」


 あずさは顔を真っ赤にして「地獄に落ちろ」と言い残し帰って行った。既に落ちてるお前のとこなんて、行きたかねーよ。


 オレンジ色が一点に集まり、紺色の空にじわじわ染まっていく様子を見ていた。

 きっと、今色んな人が見てるんだろうなぁ。


 初日の出に来たカップル

 富士山に登った登山愛好家

 病院でもう朝かと終わらない仕事を前に絶望する看護師

 荷物をトラックに積み海辺で一息つく運転手

 泣き止まない我が子をあやすうちに迎えた朝にほっとした母親

 元旦開店のために、早起きしたスタッフ達


 色んな人が色んな事情を持って

 今この時を見てんのかなぁ。

 

 早起きするってのも悪くない。

 今日から3日俺は仕事だけど、爽やかなスタートを切れて良かった。それは、あいつに感謝するか。

 そして、頑張った後の正月明けの休みには、連休明けで仕事行きたくない人間達の様子をカフェでコーヒー飲みながら優越感に浸ってみるか。


 こんな正月も悪くないかな。


 今年は早起きして朝活とやらをやってみよう。

 神社巡って鐘の音を聞いてみるのもいいな。


 うん、いいスタートだ。

 よし、行ってくるか。


 玄関を出て冷たい空気の中、背伸びをすると固まった筋肉が気持ち良く伸びた。

 

 鐘の番人さん、行ってきます。



 



除夜の鐘、毎年聞こうと思いつつ寝てたり最後だけ聞いたり笑

ちなみに、疲れて寝ちゃうから朝活しようと潔く寝たのに起きれず、結局朝活できません。今年こそは……

みなさま、一年また頑張りましょうね。

お読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
夜明け前の鐘の音から始まる幻想的な夢と現実の厳しい冷たさの対比が非常に鮮烈で胸に刺さりましたが、浮気された傷を抱えながら一人で新年を迎える主人公の寂しさが部屋の静まり返った空気とともに伝わってきますね…
2026/01/01 14:37 退会済み
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