晴れと君
私の生まれ育った土地は、他の都道府県と比べて日照時間が少ない。
要は曇りの日が多く、一説には陰気な性格が育ちやすいという。
その説を信じるとすれば、私もあの土地に育てられた陰気な人間の一人であるということになる。
もっとも、それ以外の要因が私を形成する大半のように思えるが。
記憶力に優れていない私が過去の印象的な出来事を思い出すには、他と比べて突出した何かがそこにあることが重要である。
大抵の天気が曇りだった地元において、その日が快晴であったこと、もしくは大雨であったことは、「突出した」状況であったと言って良い。
逆に言えば曇りの日というのは私にはあまりにも日常すぎて、相当インパクトのあることでなければ、ただ過ぎていく、義務的で退屈な一日だった。
やけに晴れていたある夏の日、制服は最小限までその役割を捨て去って、私は半袖のシャツに身を包んでいた。
中学受験をして良かったと思ったのは校舎が新築で、空調が最新の設備であったことだが、そのせいで室内と室外の温度差で体調を崩す生徒が沢山いたように思う。
授業中は長袖のシャツを着たいと思いながらやけにカサつく指先で教科書をめくったが、放課後になれば半袖でも涼しさなんてなく、汗でふやけてしまいそうな両手で自転車のハンドルを握った。
田舎の在来線というのはたった一駅の距離でも徒歩ではかなりの時間がかかるのだが、大した娯楽も無かった私は友人とその距離をあえて徒歩や自転車でのんびりと味わうのが好きだった。
その日は私は自転車、友人は徒歩で、運動経験者でもあった友人は徒歩とランニングの間くらいの速度で私の自転車についてきた。
荷物は私が預かり、学生の中で最も身軽な姿になった友人は、アルミ製の二輪車を速度不足にならないギリギリでゆっくりと操縦する私を面白がって、やけにちょっかいを出してきた。
急に全速力で走り出し私の眼の前に現れたかと思えば自転車のカゴを掴んで揺らしてみたり、ふっと姿を消したかと思えば後輪の荷台に飛び乗るフリをしてみせた。
「君たち、そこで止まってくれるかな」
私たちが半袖のシャツを着ているのが恥ずかしいくらい、ほとんど肌を露出していない制服に身を包んだ警官に声をかけられた。
どうやら警官の目には、友人はいじめっ子で、必死に逃げる私を追いかけては自転車から引きずり落とそうとする悪童のように映ったらしい。
そんなことは無いのだと丁寧に説明すると、警官は安堵の表情を浮かべ立ち去るかと思ったが
「学生証だけ見せてもらっていいか」
とのことだ。
私たちは特に悪いこともしていないはず、なのだが、警察官に自分の身分を明かすという、高校生にとっては少し特殊な出来事にかなりうろたえてしまった。
少しずつ、体温が下がっていくのがわかった。汗でまとわりついたシャツは太陽に照らされてどんどん乾いていく。
私はここですでに、明日の朝のホームルームで担任が「昨日警察のお世話になった生徒がいます、心当たりがある人は教務室に来るように」と言う最悪の未来を描いていた。
学校名、氏名、クラス、出席番号あたりを控えられ、だんだんと蝉の声が耳をつんざくように響き出した。
私の番を終えると、友人は「この写真写り悪くないですか?」と言いながら笑って学生証を見せびらかした。
私だけがこんなに不安になっているのか、この友人が能天気すぎるのか、そこには大きな温度差があった。
友人の学生証には長い髪から滴った汗が落ちたが、私の学生証は数学の教科書くらい冷えて冷たかった。
その後何か警察官が笑顔で言葉を残していったが、それが何だったかは全く思い出せない。
そこからは家に帰っても警察官の事が頭から離れず、宿題も手につかなかったので諦めてしまった。
先生に怒られようが、私はもっと怖い警察官に目をつけられているんだから関係ないと思った。
そのくせ、明日のホームルームで担任に呼び出されやしないかとぶるぶる震えていた私は、友人から見たらあまりにも滑稽だったろう。
友人は早いうちに結婚をして、私に友人代表のスピーチをしてくれと言った。
私はこの話をなるべく楽しかった思い出として、なかばフィクションのように語ったが、友人は二次会で、そんなことあったっけ、と笑った。
人は出来事を忘れて生きていく。
忘れるから生きていけると言ってもいい。
記憶力に優れていない私と先述したが、記憶すべきことを上手く選別することに優れていないように思う。
君が笑いながら見せびらかした学生証は、東京で見る太陽よりはまだ眩しい。
確かあの日の翌日のホームルームは、修学旅行のお知らせを聞かされた。




