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折りたたみ傘は持たない

幸運なことに今住んでいるアパートの部屋は、造りのおかげなのか外の寒さが半減されている。

特に暖房を入れなくても、少し普段よりも厚着をしておけばある程度は生活ができるくらいにはぬくもりがある。

きっと今年は急に寒くなるだろうからと、秋のはじめに買っておいた暖かそうなパジャマも、まだ手つかずで綺麗なままである。


そのパジャマが家に届いた時、いちはやく着てみたかったが、外に着ていくような服でもないので自室でファッションショーをするのもなんだか気恥ずかしく、リボンのかけられたそれはそのまま、まるでお供え物のように両手でタンスにしまった。


夜はかなり冷え込むというのに、私は昔よく着ていた大きめのサイズのTシャツ1枚と、少し伸縮性のあるジョガーパンツを履いて眠っている。

新しいパジャマを着たい、なのにまだその機会が訪れないのは、私の部屋の暖かさだけでなく、布団が暖かすぎるのもいけない。

時折、この季節とは思えないほど汗ぐっしょりで、サウナに入ってきたかのような体で目が覚めることがある。

新しいパジャマがびしょびしょになってしまったら嫌だなと、またそれを着られない理由が増える。


もっともっと寒くなるのを待って、そのパジャマを着るのもきっと良いだろう。

ただ、今ここでそのパジャマを着ることだってできる。

暑いのを我慢して着るのではなくて、部屋の窓を少し開けて外気を取り込んで、眠る時には少し薄手の夏に使っていた布団をかけて眠ればいい。


私は往々にして外的要因に自分の選択を委ねてしまう。

人任せ、とはまた違うのだが、

「これは私にはどうしようもないから仕方ない(どうにかすることはできるのに)」。

そう諦めるまでの速度が、人より少し早いだけだ。


昔、友達とこんな話をした。

「急に雨が降り出した時、どうするか?」

こんな話題を突然振ってくる友達は少しクセのある人物で、一瞬うろたえたのは覚えているが、私は非常につまらない、平凡な回答をした。

「そりゃあ、雨宿りできる場所を探すんじゃない」

と。

当時は雨宿りなんかしてもスマホでYoutubeを見るなんて娯楽はなかったし、小説やら参考書を読むか、もしくは持参していたMDウォークマンの充電さえ残っていれば、自分でセレクトしたお気に入りの音楽を聞くことくらいしかできなかった。

自分が雨宿りしていたらそんなことをしているだろうなと思いながら友人の回答を待つと、友人は

「私はそこで立ち尽くしちゃうな、急に雨が降ったら、もう歩けなくなっちゃう」

と言った。


何故か私にはその言葉が強烈に響いた。もう15年ほども前の会話を、今でもこうして覚えているくらいに。


その言葉を聞くまでの私はある程度、人生や生活というものに対して自分で何かを切り開かなければいけないものだ、と考えていた。そう考えさせられていたと言ってもいい。

小学校の友人関係に違和感を感じていた私は、親に無理を言って田舎なのに中学受験なんてしたものだから、試験の点数や素行、部活の成績などが自分の立ち位置に影響する学生生活を過ごしていた。

どんなに数学が苦手でも分かるまで教科書とにらめっこしなければいけないし、夏の暑い日でも制服のボタンは一番上まで必ず止めなければいけない。

部活では自分の成績とともに後輩の面倒を見て、実績もあって後輩の面倒見も良い先輩でなければいけない、と思っていた。


本当はそんなことしたくなかったのだ、私は。


自分のわがままでその社会に飛び込んだとは言え、その中での自由まで自分で制限する必要はなかったんだとそこで気付いた。


雨が突然降り出したからって、制服が雨に濡れてしまうことなんて考える必要はなかった。

スクールバッグに入れた教科書やプリントが雨に濡れてしまっても、乾かせばいいだけだ。

雨に濡れながらだって、お気に入りの音楽は聴けた。


その日から私は友人の言葉を何度も反芻して、だんだんと苦手な数学の教科書と距離を置いた。

かわりに現代文の問題に出てきた小説を買って読んだ。国語の模試で全国一位をとった。

制服のボタンは先生に見つからないところでは外すようになった。もし見つかっても、その時偶然外れてしまったように言い訳をして、でもこんなに暑いんだからと談笑すると、先生も規則のせいで心苦しい思いをさせていると打ち明けてくれた。

部活には無理に毎日顔を出さなくなったが、そのかわりに自転車で街を走り回って、ふと部室に行った時に見た景色をかき集めて作品にした。


「気負う」というわけではないけれど、物事に関して執着を持たないことは自分にとって大切なんだろう。


ただ、この考え方を持ち続けて熟成してしまうと、お気に入り(になるであろう)パジャマすらすぐに着ることができなくなる。

もう少し、ちょうどいい具合に生きていけたら良いのだけど、それがなかなか難しい。


物事に対して執着しない、という執着があの会話から15年経って私の体には血管と同じくらい行き渡ってしまった。


私はきっと、雨が降ったら歩けなくなる友人と、雨宿りできる場所ばかり探す昔の自分の、ちょうど間を歩いていきたいのだ。


誰か30歳を超えた私と、居酒屋で唐揚げでもつつきながら雨が降ったときどうするか、顔を赤くして話してくれないか。

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