後日談 —— 千春という女の、その後
千春が会社に押し掛けた騒動から数ヶ月。
季節は変わり、
美咲が実家暮らしを整え始めた頃のこと。
千春は——
表向きには「静かに暮らしている」ように見えた。
だが実際は、
千春の周囲にはいくつかの“変化”があった。
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結論から言うと、
完全に破綻した。
千春が美咲に執着していたこと、
勝手に会社に乗り込んだことが周囲に漏れ、
孝太の実家や親戚の耳にも入った。
孝太は最終的にこう言った。
「……俺たち、もう無理だと思う。」
千春は当然受け入れられず、
何度も食い下がったが——
孝太の気持ちは戻らなかった。
孝太自身の“甘さ”や“優柔不断さ”が招いた結果でもあったが、
それでも彼は別れを選んだ。
そして皮肉にも、
この別れが千春の“転機”の始まりになった。
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最初のうちは、
千春は被害者ぶっていた。
「私は悪くない……」
「美咲のせいで……」
「孝太がひどい……」
しかし、誰に話しても同情されない。
同僚には距離を置かれ、
友人からも苦言を呈された。
ある日、親友から真顔で言われた。
「千春……
あんたが美咲さんにしたこと、普通じゃないよ。」
その言葉は彼女の心に初めて鋭く刺さり、
千春は崩れ落ちるように泣いた。
(……私、何してたんだろう……
誰を責めたかったんだろう……
誰に認めてほしかったんだろう……)
周囲に見放され、
ようやく千春は自分の孤独と向き合い始めた。
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千春はしばらく休職した。
精神的に不安定になり、
医師からも休息を勧められた。
その後、会社を辞め、
実家に戻って療養することに。
母親は娘の様子に胸を痛めながらも、
真剣に向き合った。
「千春……
あんた、ずっと無理してきたんやね。」
初めて“味方”と呼べる存在の優しさに触れ、
千春は少しずつ落ち着きを取り戻していった。
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半年後。
千春は、前の仕事とは全く違う
地元の小さなカフェで働き始めた。
人前で戦うような仕事ではなく、
黙々とコーヒーを淹れ、
優しく客と会話する日々。
派手な恋愛も、
誰かへの執着もない。
ただ静かで穏やかな毎日。
ある日、常連客のおばあさんにこう言われた。
「あんた、笑った顔が可愛いねぇ。
無理せんと、そのままでええんよ。」
千春は思わず涙ぐんだ。
(……あぁ。
私、こんな風に優しく生きてもいいんだ。)
恋愛はしばらくいい。
自分のペースで、
少しずつ人生をやり直していこう。
そう思えるようになったのは、
あの騒動からずいぶん時間が過ぎてからだった。
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◆美咲へ(心の中で)
千春は、もう美咲に連絡することも、
会おうとすることもなかった。
ただ、ある日の帰り道。
夕陽を見ながらふと思った。
(……あのとき美咲さんが言ってくれたこと、
全部正しかったんだよね。)
悔しいときも、傷つくときもあったけど、
あの“痛い言葉”があったからこそ、
千春はようやく前を向けた。
「……ありがとう。
あのとき止めてくれて。」
美咲には伝わらない。
伝えるつもりもない。
それでいい。
千春は、千春の場所で、
静かに生き直す道を選んだのだから。




