第19章 決別の言葉、真実の一撃
昼前のオフィスに、
不自然な重い足音が近づいてきた。
「……失礼します……」
受付の自動ドアの向こうに立っていたのは——
ボロボロの姿の 千春 だった。
髪は乱れ、
目の下には濃いクマ。
何より、その目は焦りと怒りでギラついている。
総務の女性が慌てて席を立つ。
「お、お客様……困りますっ——」
千春は振り払うように、まっすぐ前へ進んだ。
「美咲さんを呼んでください。
話があります。」
その言葉に、フロア全体が静まり返った。
⸻
兄が、美咲の横で腕を組んだ。
「来たな……。」
美咲「兄さん……!」
「待っとけ。
お前一人では行かせねぇ。」
村瀬も立ち上がり、
美咲の前に回り込む。
「高梨さん。
僕も同行します。」
美咲は二人の背中を見て、
胸が熱くなった。
(……もう、一人じゃない。)
美咲は深呼吸し、千春の前へ歩み出た。
⸻
美咲を見るなり、
千春の顔が苦しそうに歪んだ。
「……来てくれたんだ。」
美咲「話があるって聞いたので。」
千春は一歩近づく。
「どうして私の味方になってくれないの?
私……美咲さんだけが頼りだったのに……。」
その声は泣き声に似ていたが、
どこか底の見えない怖さがあった。
美咲はまっすぐ目を合わせた。
「千春さん。
私は“あなたの味方”ではありません。
そして、“敵”でもありません。」
千春の顔が一瞬で強張る。
美咲は静かに続けた。
「あなたが作り上げた物語の中に、
私は存在していないんです。」
千春「……どういう意味?」
⸻
美咲は一歩踏み出し、
はっきりと言い放った。
「まずひとつ。
私は孝太さんを“奪おうとしていません”。
逆にあなたに“奪われた”とも思っていません。」
千春の眉が跳ねる。
「ふ、ふざけないで……!」
「ふざけていません。
孝太さんとは終わっていました。
あなたが知らなかっただけです。」
ざわ……っと周囲が揺れた。
美咲はさらに続ける。
「ふたつ目。
妊娠したかもしれないのはあなたの問題です。
私の責任ではありません。」
千春の肩が震えた。
「で……でも……孝太が全然向き合ってくれなくて……
美咲さんなら、助けてくれると思って……」
「それは“夫婦の問題”です。
私は関係ありません。」
美咲の声は凛としていた。
「三つ目。
あなたが私を“敵”に見ているのは、
あなたの不安が生み出した幻です。」
千春の目が大きく揺れた。
美咲は最後に、
決定的なひと言を突きつけた。
「私の人生にあなたを関わらせるつもりは、もう一切ありません。
これ以上私を巻き込むなら——
あなたの行為は“迷惑行為”として正式に対処します。」
千春は後ずさった。
「……そんな……美咲さんが……そんな冷たいこと……」
すると兄が前に出た。
⸻
兄「冷たいんじゃねぇよ。
これが“普通”なんだ。」
千春「!」
兄の声は低く、鋭かった。
「お前は自分の不安を全部美咲に押しつけて、
勝手に被害者ぶってるだけだ。
そんなの、ただの“甘え”だろ。」
千春は息を呑む。
兄「妹を巻き込むな。
これ以上やったら——俺が黙ってねぇ。」
まっすぐな視線は一切の容赦を含んでいなかった。
⸻
最後に村瀬が口を開いた。
「高梨さんに二度と近づかないでください。
あなたの行動は職場への迷惑行為であり、
これ以上続けるなら……こちらも正式に対応します。」
千春の顔から、
まるで血の気が引いていくようだった。
「……なんで……
なんで誰も私の味方をしてくれないの……」
美咲は静かに言った。
「味方になってほしければ、
人を傷つけないことです。」
千春は口を震わせたが、
何も言えなかった。
そして——
崩れ落ちるように、
その場から去っていった。
背中は小さく、
虚勢は完全に消えていた。
⸻
千春が見えなくなった瞬間、
美咲は体の力が抜けた。
兄が肩に手を置く。
「よく言った。
お前、本当に強くなったな。」
村瀬も隣で、微笑むように頷いた。
「とても……立派でした。」
美咲の胸に、静かな暖かさが満ちた。
(これで、終わった……
私の中で、あの人の影はもう残らない。)
そして気づく。
——涙じゃなく、笑顔が出た。




