第16章 河川敷の再会、揺れる影
冬の気配が混じる午後。
川沿いの遊歩道には、ほとんど人影がなかった。
空は薄く曇り、
水面は濁った色を映している。
美咲は手袋を外し、
冷えた指をぎゅっと握りしめた。
(……来るかな、千春さん。)
そのとき—
「美咲さん。」
背後から弱々しい声がした。
振り返ると、千春が立っていた。
頬はこけ、目の下に深いクマがある。
(……こんなにやつれて……。)
千春はふらりと近づき、
美咲の前で止まった。
「来てくれて、ありがとう……。」
その声は泣き出しそうに震えていた。
⸻
美咲「……具合、悪そうですね。」
千春は笑おうとしたが、
その表情には余裕など見当たらなかった。
「孝太と……もう、全然うまくいってないの。」
突然、
崩れ落ちるように言葉が溢れた。
「最近ずっと喧嘩で……
話しかけてもスマホばっかり見てるし……
私の話なんて、聞いてくれなくて……」
美咲は黙って聞いた。
「私さ……間違ってたのかな。
美咲さんから孝太を奪って……
それでも幸せになれると思ってた。」
美咲「……私は、奪われたと思ってないですよ。
もう終わっていたし。」
千春は首を振った。
「ううん……違うの。
私の中では、まだ——
“奪わなきゃ不安だった”んだよ。」
美咲は胸がざわついた。
(この感じ……まただ。)
千春の目が、美咲に縋るように向けられる。
「ねぇ……美咲さん。
私……妊娠してるかもしれないの。」
美咲は息を呑んだ。
⸻
千春「まだ検査してないけど……たぶん……。」
美咲「……それ、孝太さんは?」
千春の表情が、急に歪んだ。
「言えないよ……!
今の孝太は、私のどんな話も聞かない……。
もし否定されたら……私、本当に終わっちゃう……!」
美咲の背筋に冷たいものが走った。
(まずい……完全に追いつめられてる。)
千春は急に美咲の手を掴み、
痛いほど強く握った。
「美咲さん……助けてよ……!」
「ちょ、千春さん、痛い……!」
「あなたしかいないの!!
あなたは優しいし、私のことを見捨てたりしないでしょ!?
でしょ!?ねぇ!!」
その声は“助けて”とは違った。
どこか、怒りに似ている。
(……これは、相談じゃない。
私に責任を押しつけようとしてる。)
美咲は手を引いた。
「千春さん、落ち着いて。
私はあなたを助ける立場じゃない。
あなたの夫は孝太さんでしょ?」
その言葉に、千春の顔が一瞬で変わった。
怒りと悲しみが入り混じった、危うい表情。
「美咲さんは……
私の味方じゃないんだ……?」
美咲「味方とかじゃなくて——」
千春は一歩下がった。
「そっか……
やっぱり……あなたは私から孝太を奪おうとしてる。」
美咲は言葉を失った。
「違う、そんなつもりは——」
「だって……いつもそう。
孝太はあなたの話ばかりする。
“美咲はこうだった”、“美咲ならこう言う”って……!」
美咲の胸が冷たくなる。
孝太はそんなことまで……?
千春の声が震えた。
「美咲さんがいなければ……
私、もっと幸せになれてたのに……。」
美咲はゆっくり後ずさった。
(……まずい。この人、限界だ。)
千春は髪を掴むようにして叫んだ。
「どうしてよ……
どうして私ばっかり苦しむの!?
あなたは平気な顔して……!!
ずるいよ……美咲さん……!!」
川の風が吹き、
二人の間の冷たい空気を揺らした。
(……逃げたほうがいいかもしれない。)
だが、身体が固まって動けなかった。
千春の目が、
静かに、狂う前のように細まった。
「美咲さん……
あなたが“全部悪い”んだよ?」
その言葉に、美咲の背筋が凍りついた。




