第14章 曇る心、迫る影
千春からのメッセージを見つめたまま、
美咲はしばらく動けなかった。
【千春:話があります。会ってください。】
(……また?
この前あんなことがあったばかりなのに。
正直、もう関わりたくない。)
そう思いながらも、
美咲の指はメッセージ画面を閉じられなかった。
胸のどこかがざわざわする。
(……この感じ、嫌だ。
兄さんが言っていた “一波乱” って、
このことなのかな。)
美咲は携帯をテーブルに置き、
しばらく無理矢理にでも意識を別のことへ向けようとした。
だが、
結局その通知だけが頭の中心に残り続ける。
⸻
1時間ほどして、
再びスマホが震えた。
【千春:孝太と、うまくいってません。
あなたに聞いてほしいんです。】
【千春:私、もう限界で……
お願い。会いたいです。】
美咲は息を止めた。
(限界……?
そんなこと言われても、私はもう関係ない。)
しかし、
千春の心の不安定さは前より明らかに深い。
メッセージの文面は
どこか焦り、混乱、依存、
そんな混ざった匂いがしていた。
(危ない……気がする。)
美咲は返信をしないまま、
実家の縁側に座った。
外の風が冷たい。
⸻
千春のSNSを覗くと、
更新は止まっていた。
以前は毎日のように
幸せアピールの投稿で埋まっていたのに。
(孝太と……本当にうまくいってないんだ。)
思い出したくもない名前だが、
千春の様子から状況の深刻さはわかる。
——孝太の浮ついた性格。
——自信だけで生きてるみたいな軽さ。
——自分が“選ばれている”ことを疑わない傲慢さ。
美咲は呟く。
「……あの人が夫なんて……
そりゃ、しんどいよね。」
しかし美咲はすぐに首を振った。
(だからって、
私を巻き込んでいい理由にはならない。)
そのとき、
新しいメッセージが入る。
【千春:……今ひとりです。
美咲さんだけが頼りなんです。】
美咲の心臓が少し冷たくなった。
(……これは、良くない。)
⸻
その日の夜。
美咲が布団に入ろうとすると、
また通知が鳴る。
【千春:あなたは私の味方ですよね?】
(……味方?
味方なんかじゃない。)
胸にかすかな不安が走る。
これは“相談”ではなく、
“巻き込み”だ。
千春の心が、
美咲を“依存の対象”にし始めているのが分かった。
(こんなメッセージ、孝太に送ればいいのに……
どうして私なんだろう。)
答えは出ていた。
——千春の中で、
美咲はもう“ただの元カノ”ではなく、
“何かを奪った相手”になっている。
本当は奪っていないのに。
何もしていないのに。
彼女の中で歪んだ地図が広がっている。
⸻
美咲はスマホをぎゅっと握りしめた。
(……正直、怖い。)
前のように掴まれるかもしれない。
怒鳴られるかもしれない。
泣き崩れるかもしれない。
そして——
何をするか分からない。
だが、
これ以上無視し続けても
悪い方向にしか進まないと直感が告げている。
(……誰かに相談しようかな。)
浮かんだ顔は兄と——
そして村瀬。
どちらにも心配をかけたくないが、
どちらにも相談したい。
(明日……返事しよう。)
美咲は震える胸を抱きながら、
スマホの画面を伏せた。
窓の外では、
風の音だけが冷たく響いていた。
嵐の前の空気だった。




