第13章 揺れ始める距離
ヤカンが沸いたあと、
町屋にはしばらく奇妙な沈黙が流れていた。
兄と村瀬、そして美咲の三角形の空気は、
どこか決定的な言葉が落ちる前のような緊張を含んでいる。
美咲は、兄と村瀬の間に入りながら、
湯呑みにお茶を注いだ。
村瀬は緊張したまま背筋を伸ばして座っている。
兄は腕を組み、しきりにため息をついていた。
⸻
「……まあ、怪我が大したことなくてよかった。」
兄がようやく言った一言に、
美咲はほっと胸を撫でおろす。
「心配かけてごめんね。」
「当たり前だ。
お前は昔から変なところで我慢強いんだから。」
兄の声は怒っているようで、
どこか寂しさも混ざっていた。
(……本当に心配してくれてるんだな。)
美咲がそう思っていると、兄は突然、
「……で、お前。」
目線を村瀬に向けた。
村瀬「は、はい……」
兄「……美咲を助けたことは、感謝してる。」
村瀬は驚いたように目を見開いた。
「ありがとうございます。」
兄はすぐに言葉を重ねる。
「でもな。
それとこれとは別だ。」
「え……?」
「俺はまだお前を信用してねぇ。
美咲を渡す気も全くねぇ。
そもそも、お前らがどうにかなるとも思ってねぇ。」
村瀬は見事に撃沈した。
美咲は思わず兄の肩を軽く叩く。
「兄さん、言い方が強すぎ!」
「俺は現実を言ってるだけだ!!」
しかし、村瀬は真面目にその言葉を受け止めた。
「……わかっています。
軽い気持ちで近づいているわけではありません。」
兄の眉がぴくりと動く。
「……なんだその言い方。
まるで……本気みてぇじゃねぇか。」
村瀬は視線をそらし、
静かに言った。
「……本気ですよ。」
美咲の心臓が、一瞬で熱を帯びた。
兄は「はぁ!?」と大声を上げた。
「お前……何言ってやがる……!!」
村瀬は慌てて手を振る。
「ち、違っ……いや違わなくて……いや違うかもしれなくて……!」
美咲「どっちなの!?」
兄「……これだ。
こういう曖昧な奴は信用ならん!!!」
村瀬、撃沈2回目。
⸻
それでも美咲の胸の奥では、
さっきの一言が静かに響いていた。
——本気ですよ。
まだはっきり形は見えない。
でも、あの一瞬の温度は嘘ではなかった。
美咲はお茶を飲みながら、
胸の奥が静かに疼くのを感じていた。
(私……何を期待してるんだろう。)
事故の恐怖、
千春との対峙、
そして兄との再会。
そのすべてが、
自分の心を敏感にしているのかもしれない。
けれど。
村瀬の横顔を見ると、
安心するのも事実だった。
⸻
その日の夕方、兄が帰り、
村瀬も深く頭を下げて退散した後。
美咲は実家の柱に寄り掛かりながら、
深い息をついた。
(……忙しい一日だったな。)
そのとき、スマホが震えた。
【千春:話があります。会ってください。】
美咲は眉を寄せた。
こんなときに、また?
兄の言葉がよぎる。
「お前、あと一波乱あるぞ。」
(また……?)
胸の奥が重く沈む。
しかし、
そのメッセージが「次の嵐」の合図になることを、
美咲はまだ知らなかった。




