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京都、おひとりさま日和  作者: つなかん


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第12章 兄とほうきと訪問者

退院した金曜日の午前。

美咲は病院前で深呼吸をした。

体はまだ重いが、外の空気を吸えるだけで心が軽くなる。


「家まで送ります。」

隣に立つ村瀬が、自然な流れでそう言った。


「そんな……大袈裟ですよ。」

「高梨さんをひとりで帰らせるほうが、よっぽど大袈裟です。」


いつもより強めの口調に美咲は苦笑し、

村瀬の車で、実家の町屋へ向かった。



町屋の前に着くと、美咲は鍵を開けた。

古い木の香りがふわりと鼻に広がる。


「ここが……ご実家なんですね。」

「ええ。父と母、兄と私の4人で20年前に移り住んだ家です。」


美咲は靴を脱ぎ、村瀬を中へ案内した。


「村瀬さん、すみませんが……

 少しだけここで待っていてもらえますか?」


村瀬が驚いたように振り返る。


「僕、何か……します?」

「いえ。お礼をしたくて。すぐ近くの和菓子屋へ行ってきます。」


村瀬の目が丸くなる。


「そ、そんな……気を遣わなくても……」

「気を遣わせてください。」


笑った美咲は、軽く会釈して家を出た。


村瀬はぽつんと畳に座り、

静かな実家に耳を澄ませた。


(……いい家だな。

 落ち着く匂いがする。)


そして、お返しにと台所へ向かった。



「お茶くらい淹れられないと……男としてどうなんだ。」


そうつぶやきながら、

ヤカンに水を入れ、ガス火にかける。


不器用に湯飲みを探し、

戸棚を開けたり閉めたり。


村瀬は、落ち着きなく台所を歩きながら思った。


(美咲さん……三日前の水曜日、

 本当に危なかったな……。)


指先に少し力が入る。


(絶対に…二度と彼女が危ない目に遭うのは嫌だ。)


ヤカンのコトコトという音だけが、

静かな町屋に広がった。



その頃。


ガラッ


勢いよく引き戸が開く音がした。


「美咲ー? いるのかー?」


兄・真だった。


祖母の書類を取りに寄ったのだ。


しかし返事はない。


代わりに——

台所から聞き慣れない男の物音が。


(ん?美咲じゃねぇ……

 誰かいる……?)


兄の“勘”が動いた。


しかし。


(……おかしい。

 今回は……全く分からねぇ。

 存在感はあるのに……掴めねぇ……。)


兄は困惑した。


(俺の鼻が……働かねぇ……!?

 こんなこと初めてだ……!)


音を立てないよう、

そっと台所へ向かった。


そして見た。


実家の台所で、

見知らぬ男がヤカンを火にかけている。


兄の脳内が弾けた。


(はああああああ!?!?!?

 誰だこいつ!!

 なんで“俺たちの実家”でヤカン火にかけてんだ!!

 美咲はどこだ!?

 誘拐か!?押し込み強盗か!?)


兄は迷わず ほうき を掴んだ。



兄「おいコラァァァァァ!!!!」


村瀬「わっ!?!?!?」


兄「てめぇ誰だ!!

 なんで俺たちの実家でヤカン火にかけてんだ!!!

 目的はなんだコラ!!」


村瀬「ち、違います!!ちが……っえっと……お茶です!!」


兄「お茶!?

 お茶で侵入が許される家があるか!!」


村瀬「許可は……もらってて……!」


兄「美咲はどこだ!!

 お前……妹になにした!!!」


村瀬、慌てながら早口で叫ぶ。


「怪我のことで!!

 三日前の水曜日に事故にあわれて!!

 一昨日から病院で!!

 今日!退院されたので!!

 送り届けただけで!!」


兄の顔色が変わった。


「……三日前……?

 美咲が事故……?」


村瀬「幸い大きな怪我ではありません。

 昨日は検査で安静、

 今日は退院日です。」


兄はほうきを握りしめ、歯を食いしばった。


「……なんで……

 なんで俺は気づけなかった……!」


村瀬「美咲さん……

 “兄は鼻がきくから大丈夫”って

 言っていました。」


兄は天井を見上げて叫んだ。


「今回だけは!!

 全然きかなかったぁぁぁ!!!

 クソッ!!!」


そこへ美咲が帰宅する。


「ただい……兄さん!?村瀬さん!?なにしてるの!?」


兄はほうきを抱えて絶叫。


「美咲!!

 知らん男が俺たちの実家の台所占拠してたぞ!!

 お前が三日前に事故してたことにも気づけなかった!!

 今日の俺は最悪だ!!」


美咲「占拠じゃない!!

 私が案内したの!!」


村瀬「本当にお茶を……!」


しかし兄は村瀬に向き直り、

眉間に深いシワを寄せて断言した。


「……俺は認めねぇ。

 美咲を男にやる気は一切ねぇ。

 結婚なんてもってのほかだ。」


村瀬「………(精神が死にかけている)」


美咲「兄さん……。」


兄は鼻を鳴らした。


「俺のこの“鼻”が……

 今日だけ絶不調だったんだ。

 だから余計に心配なんだよ。」


美咲はため息をつきながら笑った。


ヤカンがちょうど良いタイミングで

コトコトと沸いた。


静かな町屋に、

不思議な温かさだけが残った。


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