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京都、おひとりさま日和  作者: つなかん


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第11章 風の通る場所

階段から突き落とされかけ、

村瀬に抱きとめられたあの日から——二日が経った。


幸い、頭部に軽い打撲と背中の強い痛みだけで済み、

医師からは一晩だけ経過観察のため入院を勧められた。

そして今日が入院二日目。

明日には退院できる予定だった。


(あのとき……本当に落ちていたら。

 今こうして窓の外を見られていなかったかもしれない。)


美咲はゆっくりと病室の窓を開けた。

春の風がふわりと流れ込み、

白いカーテンがやわらかく揺れる。


体の痛みはある。

でも心のほうがざわついていた。


兄が言った

「お前、あと一波乱ある」

という言葉が、胸の奥に引っかかっている。



千春が見た“誤解の光景”


事故の数日前。

村瀬と昼休みに歩いていた日のこと。


「春の風って、なんだか眠気を誘いますね。」

「午後の仕事、集中できないって意味だな。」


二人で笑い合うその光景を、

遠くからじっと見つめている影があった。


——千春。


孝太の妻。


その目は驚きと不安、そして確信じみた嫉妬で濁っていた。


「……やっぱり。

 あの二人……」


千春は何かを決めたように視線を外し、

足早にその場を去っていった。


この誤解が下地となり、

あの日の事件へと繋がっていく。



千春の呼び出し


事故当日の夕方。

美咲が会社を出ると、

病院へ向かう道の途中で背後から声をかけられた。


「美咲さん……話があるの。」


振り向くと千春が立っていた。

見るからに疲れ切った顔で、

しかしその目は鋭く光っていた。


「今はやめたほうが——」


「いいから。来て。」


有無を言わせぬ声で、

美咲は半ば強引に病院横の小さな階段スペースへ連れて行かれた。


千春は深い呼吸のあと、

震える声を吐き出した。


「……妊娠したの。」


美咲は驚きながらも、

何も返さなかった。


「なのに孝太……最近ずっとあなたのことばっかり。

 あなたと村瀬さんが歩いてるのも見たのよ。

 夫婦の関係、めちゃくちゃよ!!」


美咲は冷静に返す。


「私には関係ありません。

 あなたたち夫婦の問題です。」


千春の眉が吊り上がり、

目に涙がたまる。


「謝りなさいよ……!!

 あなたのせいで私……こんな……!」


「私は謝りません。」


美咲はきっぱりと言った。


「何も奪っていません。

 あなたが抱えている不安は、私の責任じゃありません。」


その瞬間、千春の中で何かが弾けた。



◆第二の“事故”


「ふざけないで!!」


千春が腕を掴む。


「痛いです。離してください。」


「離さない!!

 謝らないあなたが悪い!!」


美咲が身体を引いた瞬間——

千春は突き飛ばした。


(落ちる……!?)


視界に階段のへりが迫った。


ガッ!!


身体が傾いた。その瞬間。


「危ない!!」


強い腕が美咲の腰を後ろへ引き戻した。


村瀬だった。


美咲は激しく脈打つ胸で息を呑んだ。


村瀬の腕は、驚くほど強く、

同時に震えていた。


千春は青い顔をしてその場から逃げた。


村瀬は美咲をゆっくり下ろしながら、

かすれた声で言った。


「……間に合って……よかった……」


美咲は小さく息を吸い、

震える声で答えた。


「助けて……くれて……ありがとうございます。」



病室——対峙


検査後、

美咲は病室に戻った。


背中の痛みは残るが大事には至らなかった。


だが—

しばらくして病室の扉が乱暴に開いた。


千春が立っていた。


「……言っておくけど、私は謝らない。」


美咲は何も言わない。


千春は涙で顔を濡らしながら叫んだ。


「だって私……妊娠してるのに、不安で、不安で……

 眠れなくて……全部怖くて……

 痛いのよ!!

 あなたより、ずっとずっと痛いの!!」


美咲は静かに息を整えた。


(まだ……私を“原因”にしてる……)


千春はさらに声を荒げた。


「私の人生がこんなに乱れたのは、あなたのせいよ!!

 謝りなさいよ!!」


そのとき——


「……もうやめろ。」


低い声が病室に響いた。


村瀬だった。


廊下で全部聞いていたのだ。


千春が振り返る。


「な、何よ……あなた……!」


村瀬はゆっくり病室に入り、

美咲のベッドの横に立った。


「彼女に何を言うつもりだったんですか。」


「私の気持ちを分かってよ!!

 私のほうが傷ついて——」


「他人を傷つけていい理由にはなりません。」


千春は凍りついたように立ち尽くす。


村瀬は一歩、前へ。


「高梨さんは何も奪っていない。

 あなたの痛みも不安も——

 すべて、あなた自身と向き合う問題です。」


千春の唇が震える。


「どうして……

 どうして彼女を庇うのよ……!」


村瀬は迷わなかった。


「庇うんじゃない。

 ——守りたいと思ったんです。

 “高梨美咲”という一人の人を。」


美咲は息を呑んだ。


千春は顔を歪め、

そのまま走り去った。


扉が閉まり、

静けさが戻る。


村瀬はベッド脇に座り、

深く息を吐いた。


「……本当に。

 無事でよかった。」


美咲は微笑んだ。


「村瀬さんが……助けてくれて良かったです。」


春の風が病室にそっと入り込み、

二人の間に静かで温かい空気を作った。


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