公爵夫人は義理の息子が可愛くて仕方ない!
「大きなお屋敷だわ」
そびえたつような豪華なお屋敷を前に、私は感嘆のため息を吐きだしていた。
ベルンハルト公爵家、今日から私はこのお屋敷の女主人になる。
元は別の方が女主人として鎮座していた公爵家だが、一年ほど前に病によって急逝され、私は後妻として選ばれた。
私の育った家も侯爵家で家の格はそれなりだったはずだけれど、さすが公爵家。我が家が霞む勢いの敷地と豪奢なお屋敷だ。
お屋敷の後ろには森もあるようだし、本当に広大な面積を保有している。
「すごいなぁ」
改めて感心して、私はお屋敷へと向かって歩き出した。荷物は全部メイドに任せて、今日は公爵であるクラウス様と初対面だ。
応接室に通されて、旦那様となるクラウス様を待つ。
暫くして姿を見せたクラウス様は我が家のひょろがりなお義父様とは比べるべくもないがっしりとした体をされていた。
立ち上がってカーテシーをした私に対して、クラウス様はじろりと私を上から下まで眺める。そして。
「好きに過ごせばいい。俺には干渉するな」
「はあ」
挨拶をする前にそんな風に言われてしまう。私は思わず間の抜けた声を出してしまった。
今回の結婚は公爵家からの打診だと記憶しているけれど、この様子だとクラウス様は再婚に前向きではないのだろう。
あるいは、お飾りの公爵夫人が必要だった、とかかしら。
(ありえそうよね。だって公爵だもの)
公の場で同伴できるパートナーがいないと困る場面だって多々あるのだろう。
納得した私はすんと笑顔を作った。夜会で鍛えられた令嬢スマイルだ。
「畏まりました。自由に過ごさせていただきます」
お屋敷の中での自由は保障されたと思っていいだろう。私の笑顔にクラウス様は淡々と告げる。
「出しゃばらなければ、俺から口を出すこともない」
「はい」
これは政略結婚だ。愛がないのは当たり前。
はぐくめるかどうかはお互いの歩み寄り次第だとは思っていたけれど。
(クラウス様にその気はなさそうね)
それならそれで、私は好きにしよう。許可は貰っているわけだし!
▽▲▽▲▽
寝室も別に用意され、本当に「お飾り」を求めているのだと知らしめられる。
部屋をぐるりと見回した私は、高級な調度品の数々が真新しいことにそっと息を吐き出した。
(嫌われている、わけではなさそうね)
そもそも嫌われるほど会話をしていない。
邪険にするにしたって、待遇がいいのだから少しちぐはぐな印象を受ける。
「お庭でも散歩しようかしら」
ぐるぐる考えていても答えは出ない。気分転換に広い庭園を散策しようと決めて、私は部屋を後にした。
庭園のお花は綺麗に咲き誇っていた。よほど腕のいい庭師を雇っているのだろう。
私が辺りを見回して咲き誇るお花を楽しみながらゆっくりと歩いていると、がさ、と茂みから音がした。
驚いてそちらを見れば、ひょこりと覗く小さな頭。
「?」
そっと近づいてしゃがみこむと、もぞもぞと動いていた小さな頭から体が生えてくる。
「?!」
私を見て驚いた様子で固まったのは、小さな子供だった。
「迷い込んだの? どこの子かしら」
公爵家の庭に入り込むなど、ずいぶんと大胆な子供だ。
警備の騎士に見つからないうちに外に出してあげなければ、お咎めですむかわからない。
「お家に帰りましょうね。どこから来たの?」
私の言葉に三歳程度だろうこどもはふるふると首を横に振った。
「ここ! ぼくのおうち! まてぃのおうち!」
「え?」
「あたらしいははさま?」
くるりとした瞳が好奇心を称えて私を見つめている。
私は唖然としつつ、子供を茂みから引っ張り出して抱き上げた。
視線が高くなって楽しいのか、マティと名乗った子供がきゃらきゃらと笑う。
「マティ、というの?」
「あい!」
「貴方、この家の子供なの?」
「あい!」
「……お母様、は?」
「おそら!」
元気よく言われた言葉に頭がくらくらする。
マティの言葉を総合すると、マティはクラウス様と先妻の子供、ということになる。
(忘れ形見がいるなんて! 聞いてませんが?!)
いくら何でも教えておいてほしい。頭を抱えたい衝動と戦いながら、私は唸った。
「いたいいたい?」
「いいえ、どこも痛くはないのです。ただ、クラウス様を、こう、殴りたいな、と」
「なぐる? なに?」
「うーん、ひっぱたきたいですねぇ」
殴るの意味も分からない無垢な子供。私は思い切って尋ねた。
「マティ様はおいくつですか?」
「さんしゃい!」
「三歳か~!!」
指を三本立てる姿は愛らしい。
実際、すごくかわいい時期だと思う。
マティが三歳なら、先妻の奥様が亡くなったのは二歳の時。
寂しかっただろうな、とも思う。
「マティ様はお父様と仲良しですか?」
そう尋ねてしまったのは、後妻になる私に子供の存在を隠していたからだ。
さきほど「あたらしいははさま?」という言葉があったので、私が新しく母になることは教えられているようだが、それなら顔合わせの場にマティのことも連れてくるべきなのだ。
「わからにゃい!」
「どうして?」
「……ととさま、まてぃにきょーみ、ない」
しょんぼりと悲しそうに言われた言葉に、私は目を見開いた。
興味が、ない? そんなことあえりえるの? 仮にも自身の子供でしょう!
「あたらしいははさま、どう?」
「え?」
「まてぃのこと、すき?」
純粋無垢な瞳が、少しの期待を乗せて私を見つめる。この目に嘘は付けない。
それに、私は実家で幼い弟妹がいる。
さすがにマティより年上ではあるけれど、小さい子はとにかく可愛いと思う。
「もちろんです! 大好きですよ!」
「きゃあ!」
ぎゅうと抱きしめて頬ずりをする。
マティはきゃらきゃらと高い声で楽しそうに笑ってくれた。
(お屋敷の裁量は私にあるのだし、マティのことも思う存分可愛がってもいいわよね?!)
お飾りの公爵夫人。
受けて立とうじゃない。
お飾りはお飾りらしく、クラウス様のお仕事の邪魔にならない範囲で、マティを可愛がりまくるわ!
その後、執事に詳しく事情を尋ねた私はマティがやっぱりクラウス様と先妻の間の子だと確認した。
また、マティは愛称で正しくは「マティアス」という名付けをされているとも。
旦那様は普段どういう風にマティアスに関わっているのか、と尋ねた私に執事は暫し沈黙してから「旦那様とマティアス様の間に交流はほとんどありません」と答えた。
そんなこと?! ある?!
二度目の驚愕だ。関わりが薄いのだろうとは予想していたが「ほとんど」ってなに?!
放置ってこと?! それ虐待では?!
絶句した私に執事は静かに「マティアス様のお世話は乳母に一任されております」と口にしたが、それは乳母の仕事の量を超えているのでは? と私でさえわかる。
すぐにマティアスの面倒を見ている乳母と面談の場を設けた。
乳母は私がマティアスのことを気にかけていることを知ると、ほろほろと涙を流して「マティアス様にようやくお母上が……!」と泣き崩れてしまった。
乳母にここまでの反応をさせるクラウス様、どれだけマティアスのことを放置しているの? と私は脳裏に思い浮かべたクラウス様の頬をひっぱたいた。
私が尋ねるより先に乳母はマティアスが置かれている複雑な立場を語りだした。
曰く「旦那様はマティアス様に興味がない」これはマティアス本人も認識している。
「三歳とは思えない量の勉強を言い渡されていて、見ているのが辛い」これは初耳。
私の裁量で改善しなければならない。
「まだ親が恋しい年頃です。どうか血が繋がらないとはいえ、母として接して差し上げてください」望むところ。
むしろそのつもり満々だ。
乳母の切実な訴えを一通り聞いて「ありがとう。参考になるわ」とお礼を伝えて退出させた。
その後の行動は迅速だ。私は執事にマティアスに関することを任せてもらえるようクラウス様に伝えるようお願いした。
クラウス様は本当にマティアスのことは丸投げなのだろう。
すぐに「好きにするといい」という伝言を貰った。
ちょっと腹が立つけど、今ばかりは好都合だ。
これ幸いと私はマティアスの家庭教師を呼んで、地獄のような勉強のスケジュールを調整した。
勉強だけではなく、すでに始まっている体力づくりなどの稽古にも口を出す。
諸々をきちんと三歳の子供がこなせる適正範囲に落ち着けるのに、丸三日かかった。
マティアスにそのことを伝えに行くときょとんとして「おべんきょ、もうしなくていいの?」と聞いてくる。
「お勉強はしなければなりません。でも、自由時間を増やしました。その時間は私と遊びましょう」
「あしょぶ?」
「そうです! 絵本を読んだり、おもちゃで遊んだり! 私がお相手しますよ」
マティアスは暫くぱちぱちと瞬きをしていたけれど、ややおいて理解するとぱあっと表情を輝かせた。
「ははさま! すき! だいしゅき!!」
「ふふ、ありがとうございます」
無邪気な好意は心地がいい。
ぎゅうぎゅうとマティアスを抱きしめて、私は笑み崩れる。
でも、同時に考えるのは。
(父子関係の改善も必要よね)
マティアスが健全に成長するためにも、避けては通れない問題だ。
私はため息を堪えて、楽しげに笑うマティアスに微笑み返した。
食事の席にクラウス様は姿を現さない。
いつも食事の時は私とマティアスの二人きり。
私がくるまで、マティアスは一人で食事を摂っていたのだと聞いて、私は泣きたくなった。
どうしてそこまでこんなに幼い子供を邪険にできるのだろう。
悲しくて仕方がない。だから、私は一つの決意を胸にメイドに声をかけた。
「……どうしてお前が食事の配膳などをしている」
「クラウス様がお食事の席にいらっしゃらないからです」
クラウス様の執務室まで食事を運ぶメイドに役割を変わってもらって、食事を乗せたトレーを手に執務室を訪れた私に投げかけられた言葉がそれだ。
私はにこりと笑って答えて、食事の乗ったトレーをローテーブルに置く。
「おい」
「お話があります」
執務机までもっていってあげない。だって話がしたいのだ。
私はまっすぐにクラウス様に向き直った。
「マティアス様と向き合ってください。どうして遠ざけるのですか」
やんわりとした言葉を選んだつもりだ。直接的な表現を避けたのは、気遣いのつもりだった。
私の言葉に、クラウス様が視線を落とす。ゆっくりと口を開いた。
「あれには母がいればいい。そのための再婚だ」
「それなら、事前に教えてください。私は庭園でマティアス様と鉢合わせるまで、存在を知りませんでした」
「……」
黙り込んだクラウス様に、私はため息を吐きだした。
クラウス様の考えていることは、なんとなく理解できる。
「子供がいるとわかれば、再婚を断れると思われましたか?」
私の指摘にクラウス様が息を飲んだ。視線があがって、私を見る。
クラウス様の切れ長の瞳に、私が映り込む。
「子供がいる、その程度でお断りできる縁談だったと思っておられるのですか?」
私の家は侯爵家でクラウス様より下の立場だ。
事前に子供がいたと知らされていても、縁談は断れなかった。
私の言葉にクラウス様がまた視線を伏せる。
「騙し打ちをしたことは、悪かったと思っている」
「私への謝罪などいりません。いま問題にしているのはマティアス様のことです」
「……」
またも黙り込んだクラウス様に私はため息が隠せない。
はあ、と息を吐いて、言いたいことは伝えておく。
「マティアス様はまだ三歳です。母だけではなく、父の温かさも必要なご年齢です」
「……」
「少し考えてください。このままではマティアス様の心の成長によくありません」
それだけ口にして私は踵を返した。言いたいことは言ったし、これ以上留まる必要もない。
けれど、扉に手をかけた私の背に、クラウス様の言葉がかかった。
「マティアスのことを、どう思う」
「とても愛らしい、と思いますわ」
振り返ってそれだけ伝えて、私は今度こそ部屋を出た。
少しでもクラウス様の心に響いていればいいな、と思いながら。
私がクラウス様にマティアスのことで直談判をしても、態度は変わらなかった。
私がベルンハルト公爵家に嫁いで三か月、雪が積もる季節となった。
はらはら、なんて可愛いものではなく、外ではしんしんと雪が降っている。
全ての音を飲み込むかのように雪が降りしきる中、他家のお茶会に招かれていた私がお屋敷に帰宅すると、お屋敷の中が酷く慌ただしかった。
「どうしたの?」
「奥様! マティアス様のお姿がないのです!!」
慌てている様子のメイドを呼び止めて告げられた言葉に私は息を飲んだ。
「お屋敷の中は探したの?!」
「はい! どこにもお姿がなく……!!」
「っ」
窓の外を勢いよく見る。外に出ているとしたら。
でも、マティアスは聞き分けの良い子だ。
雪の降る中で遊びたいとしても、誰かに声をかけるはず。
(そういえば)
今日は私の誕生日だ。マティアスにも先日教えた。
あの子は「ははさまにぷれぜんと! よういする!」と張り切っていた。
もし、そのせいで。マティアスが雪の中外に出たのだとしたら。
血の気が引いていく。私のせいだ、と強く思った。ふらついた私に、私付きの侍女が支えてくれる。
「奥様、お気を確かに」
「私も探すわ……!」
止めるメイドの声を振り切って、私は外に飛び出した。
外出したばかりだから防寒具を着ていて助かった。
雪の中、マティアスの名を呼ぶ。
「マティアス様! 声が聞こえたら教えて下さい!!」
必死に辺りを探している間に、お屋敷の裏にある森が目に入った。
実際、森と呼ぶほど大きくはないが、小さな森林は子供の足なら簡単に迷子になるだろう。
「!」
まだ雪が降る前、マティアスは裏の森で遊ぶのが楽しいといっていた。
綺麗な花が咲く場所があるから、いつかははさまにおしえるね、とも口にしていた。
雪が降っている。息が白い。
肌を刺す温度が冷たくて、小さいとはいえ森林で、慣れない私が迷えば命に関わるかもしれない。
でも。
(マティアスの無事が一番よ……!!)
私は、雪の中に足を踏み出した。
雪の中を必死にマティアスの名前を呼び続けた。
その甲斐あって、小さな声が返事をしてくれたのを聞き逃さなかった。
「――さま。……ははさま!!」
「マティアス様っ!」
小さな洞窟があったのだ。
雪から逃げるようにそこに隠れていたマティアスを見つけて、私は膝から崩れ落ちた。安堵が全身を支配していた。
「ははさま! こっち!!」
雪の中に膝をついた私を心配して私に駆け寄ってきたマティアスが必死に私の手を引く。
私はつられて立ち上がり、洞窟の中へと逃げ込んだ。
「こんなに冷たくなって……!」
マティアスをぎゅっと抱きしめる。小さな体は恐ろしいほど冷たかった。
私は慌てて防寒具を外して、マティアスに着せた。
「ははさま、だめ。ははさま、かぜをひく!」
「私は大丈夫ですよ。大丈夫ですから」
防寒具を私に返そうとするマティアスをぎゅっと抱きしめる。
それだけでも暖はとれる。寒くはあるけれど、マティアスの無事が一番だから。
「どうして雪の中の森に入ったんですか?」
そっと私が問いかけると、マティアスは視線を伏せた。
怒られるとわかっているのだ。私はマティアスの小さな頭をゆっくりと撫でる。
「ね、教えてください」
「……ははさまに、ぷれぜんと」
さがしたかった、と小さな声で言われて、私は泣きそうになった。
やっぱり、私の為だった。
「嬉しいです。でも、もうこんなことはしないでください。マティアス様が寒いと、私も泣きたくなります」
子供でも理解しやすい言葉を選ぶ。私の言葉にマティアスは必死に頷いた。
「ごめんしゃい。ごめんしゃい……!」
わっと泣き出したマティアスは、それだけ心細かったのだ。
私はマティアスの頭を撫で続けた。
雪の中で寝れば死ぬ。
それくらいは知っていたから、私はマティアスと他愛のない会話を続けた。
お互いが眠らないように。しゃべり続けている間も、身体は芯から冷えていく。
(このままだと、危ないかもしれないわ)
私もマティアスも。危険を冒してでも、来た道を戻るべきか。
けれど、どうやってここまできたのか私だってよくわからない。雪の中をさ迷うのは危険すぎる。
思考がまとまらなくなり始めている。よくない兆候だ。
「ははさま、ははさま!」
はっと意識が覚醒した。無自覚のうちに眠りかけていたらしい。
呼びかけてくれたマティアスに感謝して、私はぎゅうとマティアスを抱きしめる。
せめて、マティアスだけでも。無事に返したい。
そう願っていると、ふいに人の声が聞こえた気がした。
「?」
そっと耳をすませる。降りしきる雪の中、それでも確かに誰かの声が聞こえた。
私とマティアスの名前を呼ぶ声だ。
「っ! ここです! アンナとマティアスはここです!!」
洞窟から顔を出して、大声を上げる。
貴族令嬢として育てられて、こんなに大声を出したことがない。
喉が痛くなっても答え続けた私の前に、クラウス様が雪の中から現れた。
「アンナ! マティアス!!」
ランタンを手にしていたクラウス様は、慌てた様子で私たちに駆け寄って抱きしめてくれた。
その腕があまりに温かくて。安心できて。
「よか、った……」
安堵のあまり、私は意識を失った。
▽▲▽▲▽
次に目が覚めたのは、お屋敷の温かなベッドの中だった。
私の隣にはなぜかマティアスが寝ていて、私のネグリジェをぎゅうと握り締めている。
愛らしくて微笑んだ私に、声が降り注いだ。
「目が覚めたか」
「……クラウス様?」
落ち着いたテノールの声はクラウス様のものだ。ぱち、と微睡んでいた意識が覚醒する。
体を起こそうとした私を、クラウス様が止めた。
「そのままでいい。低体温症で倒れたんだ」
「ご迷惑をおかけしました」
咄嗟に謝罪の言葉を口にした私の前で、普段綺麗にセットしている髪をぐしゃぐしゃとクラウス様がかきまぜる。
「迷惑とは思っていない。だが、どうして雪の中に飛び出して……ああ、いや、違う。ありがとう。マティアスを救ってくれて」
迷うように口にされた言葉に、目を見開く。
私はそっと眠っているマティアスを確認して、クラウス様に問いかける。
「教えていただけませんか。クラウス様が抱えているものを」
そっと問いかけた私に、クラウス様は視線を伏せる。
はく、と迷うように口を開いて、それからゆっくりと語りだした。
「……マティアスを生んだ先妻は、元々体が弱かった。体が弱いから、子供は望まない方がいい。そう医者に言われていた。それでも、妻は子供が欲しいといって――実際、妊娠した。反対する俺に対して、絶対に生むと断言してマティアスを生んで、それで身体を壊した」
訥々と語られる言葉には、愛情と寂寞が滲んでいた。私は視線を伏せる。
葛藤があったのだとよくわかった。そして、先妻の奥様をとても愛していたのだと伝わってくる。
「妻はマティアスを生んでから二年でこの世を去った。マティアスは可愛かったが、同時にどう接していいのかわからなくなった。妻の命を奪った、そう考えてしまう自分が嫌で、当たってしまう前に距離を置いた」
マティアスから距離をとることは、クラウス様なりの愛情だったのだ。
不器用だと思う。でも、その不器用さがいままでマティアスを守ってきた。
「母が恋しいと泣いていると聞いて、再婚を決めた。最低な理由だとわかっていたから、君にマティアスの存在を伝えられなかった」
「そう、なのですね」
自分が構えないから、せめて母を、と考えたのだろう。
ずれてはいるが、優しい考えだ。私という存在を丸無視はしているけれど。
「すまない。君にもマティアスにも、酷い態度をとった」
そう口にして、クラウス様が頭を下げる。私はふんわりと穏やかに笑った。
「いいえ、愛故なのだと理解しました。だから、大丈夫ですよ」
「……だが」
「気持ちが収まらないというのなら、これからの態度を変えていただければ」
釘を刺した私に、クラウス様がびくりと肩を揺らす。
可笑しくてくすくすと笑っていると、マティアスが目を覚ましたようだった。
「ん……はは、さま……?」
「はい。母様です。父様が助けてくれたんですよ」
「!」
私の言葉にびくと反応したマティアスが目を見開く。
そして私が示す方向――クラウス様を見て、固まってしまった。
「ちちさま、まてぃたすけに、きた?」
「ああ。遅くなってすまなかった」
クラウス様の手が伸びる。固まっているマティアスの頭を、不器用ながらも優しく撫でた。
「クラウス様、マティアス様」
「ああ」
「?」
二人の名を呼ぶ。甘く、優しく、とびっきりの愛情をこめて。
「私たち、まだまだ家族としては半人前です。これから、仲良くしましょうね」
そう口にして笑み崩れた私に、クラウス様は目を見負開いて、マティアスは嬉しそうに微笑んだ。
私たちは今はまだ半人前の家族だけれど。
きっとこれから、優しくて温かな家族になれる。
読んでいただき、ありがとうございます!
『公爵夫人は義理の息子が可愛くて仕方ない!』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?
面白い! 続きが読みたい!! と思っていただけた方は、ぜひとも
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