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番外編2-LAST




「ケニスッ!」


「……え?……ああ、しまった」


「しまった、ではないですよ」


 深く溜息をついたティアファナが顔を上げると、控えていた使用人達がケニスの零したスープを片付けていく。


新しい皿に換えては貰ったが、当のケニスはまたぼんやりとしてスプーンを宙に舞わせている。


 その様子を見てティアファナは密かにまた溜息をついた。


納得はしていないものの理由を問うのは止めた訳だが、今度は別の意味で心配になってくる。


ティアファナに言われて以来ベッドからは出る事なく眠ってはいるようだ。


しかしその代わりと言わんばかりにぼんやり加減がこの頃では益々酷い。


今朝方も柱に足をぶつけたのにも気付かず、仕事から帰って来る頃になって漸く痛がっている始末だ。


「あの、まだ書状とやらは届かないのですか?」


「え?ああ、少し前に上で問題が起きてね、その関係であちこちに申請やら何やらが必要なんだ。前の時はすんなり進んだから、甘く見てたな」


 そう言って無意識に肩を落としている姿は全く少年だった。


ケニスが言っていた通り、プレゼントを待ち侘びて玄関に駆け出してはがっかりしている子供に見える。


「早く届くといいですね」


「うん、本当に」


 どこか上の空で、ケニスは頷いた。


その様子を見てティアファナがセバスチャンに視線を向けると、彼にもどうしようもないのか申し訳なさげに頭を下げてくる。


また少し溜息をついて、ティアファナも待つしかないのだと悟った。









 だがケニスの奇行は家の中だけには収まらなかった。


「ティアファナ!」


「え?お、おかえりなさいっ、今日は随分と早い――」


 仕事に出たはずのケニスが昼に帰ってきたかと思うと、早足でティアファナに寄ってきてその手を掴む。


「さあ行こう、ティア」


「はい?ちょ、ちょっと引っ張らないで下さいっ。一体どこに……きゃあ!」


 もどかしげな表情になったケニスはティアファナを抱き上げて玄関ホールを突き進んで行く。


使用人達も主人の奇行に怪訝そうな顔をしているが、こんな時の彼は止められるものではないと心得ているようだ。


「もう、一体どこへ行くんですか?」


 押し込められるように馬車に乗せられ、御者に急げと告げているケニスに問えば、彼は回答を用意していなかったとばかりに考え込んでから顔を上げた。


「デートだ、折角だから」


「折角に繋がる事柄がわかりませんけど。それに外出をするなら着替えが必要だったのでは」


「君はどんな格好でも綺麗だよ」


 大きく頷いたケニスが、それなら服をどこかで買おうかという提案をしたのには断りを入れる。


ティアファナは全く訳のわからない夫を見つめて小さく息をついた。


そしてふと頭に浮かんだ思い出に笑いが零れる。


「どうしたんだい?」


「いえ、そういえば初めてのデートをした時も、貴方がそんな様子でいらっしゃったから」


 そう言われてケニスはやっと自分が忙しない態度でいた事を思い出したようだ。


後でティアファナも聞いた事だが、彼は完璧にデートを計画しようとするあまり、予定外の事に対処出来る余裕もなかったらしい。


浮かれていたんだと白状されて、ティアファナはとても嬉しかったのを憶えている。


「ああ、そういえばあの時も浮かれていたな」


「私も嬉しくて、それから凄く緊張してました」


 指を絡め手を握ってくる彼の手を握り返すと、やはりあの頃と同じように胸が高鳴って夢でも見ているような気持ちになった。


変わった事といえば、その鼓動を聞かれやしないかと心配しなくなった事くらいだろうか。


「進歩のない夫ですまない」


「すまない事なんてありませんよ。ただどこへ行くかくらいは教えて頂けませんか?」


「役場だよ。結婚の時にも行っただろう?」


 街中にある建物を頭に浮かべてティアファナは頷いたが、次いでケニスを見上げて首を傾げた。


役場に行かなくてはならないような事は何もなかったはずだ。


「引越しでもするんですか?」


「君が望むならしてもいいよ。西にある大きな湖の近くはどうだい?」


「い、いいえ、したいという意味ではなくて」


 やはりケニスは何事か相当に浮かれているらしいと、ティアファナは密かに微笑む。


あまりにぼうっとして怪我をするような事態は歓迎出来ないが、楽しそうな彼を見ているのは自分の心も弾んでくる。


あの頃もお互いそうして浮かれ過ぎていて、あまり会話が噛み合わなかった事もあったなと思い出した。


 ふと窓の外を見やれば太陽の光に反射して石畳だけでなく行き交う人々の顔さえも輝いて見える。


自分が楽しい時はそうして何でも素晴らしく見えるものだとも、少し苦笑した。


「でもいずれは新しい家を建てようと思っているんだ」


「そうなんですか?」


 ティアファナはケニスの言葉にただ首を傾げる。


今の屋敷も充分に素晴らしい、ケニスの母のセンスがいい所為もあるだろうが隅々にまで配慮がなされている。


大きさこそ王城には敵わないだろうが、初めて屋敷に入った時はそれにも負けていないとさえ思ったものだ。


今ではケニスのお蔭で厨房さえも様変わりして、ティアファナには僅かな不満を抱く要素もない。


「もう少し中を使いやすくして、それから庭を大きくして」


「今でも充分素敵ですよ」


「いや、これからを考えればそうはいかない」


 神妙な顔でケニスは頷く。


確かに長い目で見ればあの屋敷を使い続ける事で老朽化などの問題も出ては来るだろう。


しかしティアファナにとってそれはまだまだ遠い事のように思えた。


 ケニスにはすでに見通している事があるらしく、次々と新居の案を語り始める。


ティアファナはそれに聞き入りながら目を閉じ、彼の言う新しい家の事を思い浮かべた。


豪華な今の屋敷とは違い、ティアファナの実家よりももっと庶民化しているような、可愛らしい家だ。


広い庭には色取り取りの花が咲き乱れて、暖かい日差しの中で彼と寄り添う――。


「そうだ、ついでに家具も見に行こう。ああそれから――」


「ケニス、役場へ行かなくてはならないのでしょう?」


「ああ、うん、そうだった」


 ケニスが頭を掻くとお互いから零れた笑いが馬車の中を包む。


「それじゃあ終わったらあちこち見て回ろう」


 彼が何を考えているかはわからなかったが、ティアファナもそれに異存なく頷いた。


まだ遠い先の事をあれこれ考えるのもまた楽しいものだ、二人一緒なら尚更。


 着いた役場ではティアファナが首を傾げたくなるほど目まぐるしく事は終わった。


役人から一体何かと思うような質問を投げられ、それにケニスと答えている内に、結局何かの証明のサインをしただけだった。


「一体何だったんでしょうか?」


「書類の内容を見ていなかったのか?」


「あの、だって、ケニスが早くサインをと急かすものですから」


 ケニスはそれに笑いながら口ばかりで「すまない」と言う。


役場を後にしてからの彼は、すっかり前にも増してご機嫌なようだった。


しかし内容をきちんと確認していなかったとはいえ、ケニスの仕事でも何かの契約書でもなさそうだ。


役人の質問もティアファナ個人の出生や結婚についてで、それの証明書を提出して出された書類にサインをしティアファナのやる事の全てが終わった。


役場に行くと言うのだから、むしろ何かしらの説明を長々と聞かされると思っていただけに拍子抜けだ。


「うん、じゃあそれは家に帰ったらにして、服と家具を見に行こう」


「今からどこかに出かけるんですか?」


「いや、夜の為にだよ。俺も何か新調しよう」


 頭に疑問符をぎゅうぎゅうにさせながらも、ティアファナはあちこち目移りしているケニスを眺めながら、自分の足取りも軽くなっているのに気付く。


「あのお店の靴は如何ですか?オールビー公爵夫人が靴はあのお店が一番だと仰ってましたよ」


「ああ、あの店の物は俺も持っているな。ただ少しばかり畏まった靴だったんでなかなか履く機会もなくてね」


「でもケニスは私よりずっと夜会にも多く出ていらっしゃったでしょうに」


「どうも不真面目だったからね。ティアファナ、あの靴が君に似合いそうだ」


 ショーウィンドウに出ている赤い靴を見たとたん、ケニスはティアファナの手を引いて足早に歩き出す。


また抱き上げられやしないかと慌てて小走りでついて行き、入った店ではあれこれと靴を取り替えられるだけでなく、ティアファナも存分にケニスの為の靴を吟味した。









 山のような荷物を積み、再び馬車で走り出す頃にはすっかり日も落ちている。


ほっとティアファナが息をつくと、ケニスは微笑んでその肩を抱き寄せてきた。


「家に着くまで少し眠るといい。今夜はまだ眠らせる訳にもいかないから」


「何かあるんですか?」


 そう尋ねれば曖昧な笑みを返すケニスの意図を、やがて見えてきた屋敷の前に停まっていた馬車で察した。


「お義父様が帰っていらしたんですねっ」


「そうなんだ。少し予定を早めたようでね」


「お義母様もお喜びになりますね。……どうかされました?」


 少しずつ家に近づいて行く中、ティアファナを自分の正面に向き直させたケニスが神妙な表情を作る。


「前に俺の両親の時間を作ってあげようと話した事があっただろう?」


「ええ、そうですね」


 きっと義母が義父に向かってあれやこれやと話し掛けている様子が浮かび、微笑んだまま頷いた。


義父は飄々としているように見えるが、義母の話を聞き漏らしていないのだとティアファナも知っている。


恐らくケニスもそうで、だから彼も今日の事は喜ばしく感じているのだろうと思われた。


「君は、その、母が父について行きたいと言ったら、やはり寂しいだろうか?」


 一瞬言われた意味がわからず首を傾げそうになったが、その意味を察しティアファナは少し俯く。


確かにこれまでは義母と過ごす時間が一番多かった。


母がすでに他界している分、義母の事は本当に母とも慕っていたし、彼女が旅行に出ている間はぽっかりと穴が開いたようだと思った事もある。


しかしティアファナは笑って首を振った。


「寂しくないと言えば嘘になりますけど、そうなったらとてもいい事だと思います。私なら、お義母様のようにこんなに長い間貴方と離れて過ごすなんて、きっと耐えられません」


 知ってしまった分、何もかも耐え難くなる。


想像もつかない思いがただ寂しさだけを胸に降らせて、ティアファナは少し唇を噛んだ。


ケニスの指が伸びてきて、強張った唇をゆっくりと解していく。


「俺一人で、君は我慢してくれるか?」


「貴方が傍にいて下さる事が大事なんじゃないですか」


 流石にむっとして唇を尖らせると、ケニスが微笑みながら自分のそれで触れてくる。


まるで詫びるように何度も啄ばまれ、ティアファナは甘い溜息をついた。


「もしかして、そういうお話が出ているんですか?でしたら、私は賛成です」


「うん、君が家に一人で寂しいとか、退屈だとか思わなければいいんだ」


「一人って……貴方が一緒ですよ。それに他の方々も」


 うんと頷いたケニスは停まった馬車の壁を叩き合図を送ると、ティアファナの頬を撫でる。


「アナの結婚が決まりそうだと言っていたが、彼女はずっと君の傍で仕事をするつもりがあるのか?」


「ええ。その、行く行くはいずれ私達の子供に合わせて出産と育児を考えているみたいです」


「そうか、それならうちの子を一人で遊ばせておく心配もないな」


 いい案だと満足げに頷いたケニスは再び合図を送り、開けられたドアからティアファナを抱き上げて外に出る。


少し暖かくなってきたものの、肌寒い風が吹いて思わずティアファナはケニスに擦り寄った。


ぎゅっと抱え直されながら玄関先で下ろされると、それと同時に扉が開きティアファナは声を上げた。


「まあ、お義父様!お久しぶりです。お帰りなさいませ」


「久しぶりだね、ティアファナ。皆お前達の帰りを首を長くして待ってたよ」


 ケニスより少し目が垂れている彼は、そのまま実に柔らかく微笑む。


義父と抱擁を交わした後、広間に出たティアファナは出て来た義母の顔に嬉しさを募らせた。


いつも元気な義母だが、やはり夫が帰ってきた事でいつも以上に何もかも輝いているのが伝わってくる。


ティアファナは容姿が母に似て繊細そうだとよく言われ、だが本当は快活な雰囲気の義母のようになれたらと憧れていた分、益々彼女が素晴らしく見えた。


「もう、一体貴方達ったらどこで道草していたのかしら。ケニス、お父様に挨拶は済んだの?」


「はいはい、済ませましたよ」


「ティアファナ、今日はあちこちから取り寄せた物で食事を作らせたのよ。折角ですから、ケニスと一緒に着替えていらっしゃい」


 生き生きとしている彼女に二人は微笑みを交わして、部屋に戻る間に一度噴き出してしまった。


「思った以上だったな。父上が自ら出迎えに出てきたという事は、相当あれこれ聞かされたんだろう」


「でもお義母様がお喜びで何よりですね」


 荷物を持ち遅れてやって来たアナに引っ張られ、ティアファナは先程店で買ったあれこれを箱の中から取り出して見る。


「はあぁ、凄いですね。あっ、これ今貴族方で流行ってるドレスですね。……旦那様も大旦那様のご帰宅に浮かれてらっしゃるんですか?」


「あら、どうして?」


 アナは怪訝そうな顔で美しいディープブルーのドレスを仰々しく掲げて見せた。


裾は大き過ぎずふんわりと自然な広がりで、袖も丸い肩の部分から細い花を逆さにしたような優雅な流れだ。


胸元や袖に付けられている花模様のレースも今までの物よりずっと大人びている。


「だって旦那様、流行物はティアファナ様にお似合いにならないとか何とか文句をつけてばっかりじゃないですか。それがほら、襟刳りも流行の形!よっぽど何か浮かれているんだと考える方が自然ってものですよ。ああ、それにこの靴も!普段はあまりヒールの高い物は履かせるななんて人に散々言っておきながら!」


 アクセサリーやら香水まで買ってしまったのを見て、ティアファナも確かにと苦笑を禁じ得ない。


ケニスのテンションに釣られてティアファナも彼の服や靴を見に散々巡って回った。


「そうだ、アナにもお土産を買ったの。お式の時に使って貰おうと思って」


「そんな……そのお気持ちだけで充分ですのに」


「だってこれからもずっとお世話になるつもりだもの。これくらい受け取って貰わなくちゃ」


「ええ、勿論これからお子様の事はお任せ下さい!私自身の子育ては初めてですけど、これでも弟や妹や近所の子達で子供の世話はなれてますからね」


「そうね、いずれ」


 するとアナが目を見開いて凝視してきたのに、ティアファナは慌てて首を振った。


「まさか私の子供が出来たなんて思っていないでしょう?」


「いえ、勿論それは存じておりますが。……そう遠い話の事でもないと思うんですけどねえ」


 気が早いのねとティアファナは笑ったが、アナは口元を歪めながら奇妙な空笑いを零す。


それでもさくさくと身支度の手伝いを終えると、鏡の前に立つティアファナの後ろでアナが満足げに頷いた。


「よくお似合いです。今まではどちらかと言えば可愛らしいドレスばかりでしたけど、誰が見ても立派な貴婦人でいらっしゃいますよ」


「本当に?こういう形の物は着慣れない所為か、なんだか自分が浮いて見えるわ」


「そういうものでございますよ。嫁がれるまでお化粧一つなさった事がなかったんですからね」


「そういえばそうよね。いつの間にか、お化粧をする顔にも慣れたわ」


「ええ、ええ、大変お美しくなられて。旦那様もきっと腰を抜かしますよ」


 ティアファナはまさかと笑ったが、アナは至極真面目な顔でただ両腕を組む。


やがて部屋に迎えに来たケニスは腰こそ抜かさなかったものの、ティアファナとアナが声をかけるまでドアの前で柱のように突っ立っていた。


言った通りでしょうとばかりにアナがティアファナを一瞥し、さあと急かして漸くケニスが動き出す。


「とてもよく似合いっている。今宵の君にこうべを垂れない男はいないだろうな」


 そして宣言通り跪き、取った手に口付けた彼を見てティアファナからくすくすと笑みが零れる。


「貴方もとても素敵です」


 裾を摘み上げ礼を返すと、差し出された腕に手を絡めて歩き出す。


まるで舞踏会にでも赴くような出で立ちだなと思い、それを告げるとケニスは笑った。


「今日は特別な日には違いない」


「ご両親の結婚記念日でしたか?」


「そうじゃない。でも楽しみは後に取っておく。不思議なものだ、あれほど今日を待ち侘びていたのに。今はね、もっとゆっくり過ごしたいと思う」


 そう言った彼は確かに、歩く足の速度を落とす。









 着替えもせずそのままケニスに呼ばれたティアファナは、不満そうなアナを宥めて後を追った。


薦められるまま椅子に腰を下ろせば、じんわりと先程までの温かさがまた蘇ってくる。


 結婚式もかくやという料理は食べ切れないほどだったが、義母がご機嫌なまま使用人達にも振舞ったので捨てるなどという心配もなかった。


食べて、少々酒を飲み、そしてケニスだけでなく義父ともダンスを踊った。


楽しい時間はあっという間に過ぎてしまったが、ティアファナは生涯この日の事も忘れないだろうと思う。


式の時は緊張していた上、あれこれと挨拶をする人が多く、正直言えば何をしていたかはあまり思い出せない。


先日の誕生日の時も幸せだと思った、今日も、そして毎日そう感じる。


「疲れてないかい?」


「ええ、大丈夫です。何と言ったらいいのか、……とても満たされた気持ちです」


 義理の両親の表情を思い浮かべ、ティアファナはまた知らず微笑んだ。


「それならいいが。少し心配したんだ、疲れてすぐ眠ってしまうんじゃないかと」


「少し前までは。けど今は眠ってしまうのが惜しいくらいですよ」


 今日という日を終わらせるのが勿体無くて、出来ればもう少し夜更かしをしたい。


それを察したからケニスは着替えもせず寝室へ来たのだろうかと見上げると、いつの間にか目の前に来ていた彼が膝を折った。


そしてティアファナの手を取り、それを自分の胸へと触れさせる。


「わかるだろうか、俺の鼓動が」


 言われた言葉に指先に神経を集中させると、少し早い鼓動が鳴っているのが感じられた。


頷けば、ケニスが真摯にティアファナを見上げる。


「俺の全てが君のものだ。もしこの先俺が君の意志に反する事をしたのなら、どうしてくれても構わない」


「貴方が私の意志に反する事なんて……」


「うん、まあ、するつもりはない。そういう意思が俺にあるという事を伝えたいんだ」


 ティアファナはそれに頷き、今度はケニスの手を取って同じように自分の胸に触れさせる。


「私も、私の全て、貴方のものです」


 目を細め、まるで少年のようにケニスが微笑む。


「誕生日おめでとう、ティアファナ」


「先日も祝って頂きましたよ?」


「本当に気付いてないのか?……これをご覧」


 彼が胸ポケットから取り出したのは、今日ティアファナがサインをした書類の一つだ。


それを手に取り改めて眺め、はっと顔を上げて目前に迫っていた彼を見上げる。


「今日のこの日、君は成人と認められた」


「はい」


「だから、今日からは君を、俺の妻としてだけでなく、大人として扱う」


「はい」


 答えたとたん、ティアファナの頭にぱっと全てが閃いた。


最近のケニスのおかしな行動、何かを待ち侘びている様子、義母と離れたらと聞かれた事、新しい家の事――。


「私、まだきっと他の方に比べたら大人とは呼べないかもしれません」


 そっとケニスの両手を取って握れば、しっかりと強く握り返される。


その確かな力強さが、自分を支えてくれる気がした。


これからずっと、何があっても。


「貴方に相応しくなりたいとこれまで自分なりに頑張ってきましたけど、それでもきっとまだまだだとわかってます」


「ティアファナ」


「でもそんな私を、貴方がこれからも愛してくれると、信じてます」


 手を解き、お互いを強く抱き締めた。


自分自身に何も確信は持てないままだけれど、伝わるぬくもりがまた新しい道を歩く力になる。


「ティアファナ、俺は君を愛して本当によかった」


「ケニス、貴方を愛せる事に感謝します」


 ぬくもりを確かめるように、分け合うように、触れるだけの口付けが続く。


抱き上げられ、ベッドに運ばれたティアファナは背中にシーツの感触を感じ、少し微笑んだ。


「貴方がどうしてこのドレスがいいって仰ったのか、わかりました」


「やっぱり君は大人になったね」


 ふふと笑い合った唇を重ね、やがて深く求め合う。





 これからずっと、何があっても。







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