第五章:死体安置所の香水瓶
名古屋西警察署・地下の死体安置所。氷の匂いと、防腐処理剤のツンとした甘さが鼻腔を刺す。冷蔵ロッカーから引き出された遺体の断片は、腐敗寸前でなお「装飾品」のように整えられていた。
「これが……七瀬翔平の残骸?」
副検視官が首を傾げる。切断面は滑らかで、刃物によるものとは思えない精密さ。血管は縛られ、神経の端は焼き止めされ、そして皮膚には香水が塗布されていた。
「いや、これ……オリエンタル系のミドルノートが残ってますね。ムスクとジャスミン、あと……焼けた肉の匂い」
如月澪の直属の部下、若手刑事・稲垣が言った。「被害者の皮膚に塗られていたもの、解析に回しました。どうやら人体由来の脂肪分と香料を混ぜた“手製の軟膏”らしいです」
その報告を、澪は密室のモニター越しに聞いていた。義足の根元がうずく。血流の熱と、疼くような快感が脳髄を突き上げる。
「彼らは……遺体を香水瓶にしているのね」
冴子と匠真の“アトリエ”である地下温室では、香料だけでなく、切断された人間の肉体を“素材”として利用していた。保存、変質、香気の重なり。それは官能と猟奇を極限で融合させた、倒錯の芸術だった。
——そして自分は、もうその一部だ。
その夜、澪は冴子とともに地下に戻った。
「私にも……造って。私自身の“香水”を」
匠真が静かに頷いた。
「君の右脚、膝から下が理想だ」
冴子は微笑み、すでに用意されていた器具を並べはじめる。次なる切断の儀式は、快楽の深化と同時に“証拠の破棄”にもなる。澪の体の一部は、新たな香水瓶のキャップとして加工される予定だった。
だが——その行為を、密かに追跡していたもう一人の男がいた。
公安監察室・特別調査官、朝永清志。
「これはもう、快楽殺人では済まされない。匂いの狂気が、組織の中にまで浸透している」
朝永はすでに、澪の過去の診療記録と、翔平の失踪報告、そして「Musc Noir」裏口の監視映像を掌握していた。
次章、地下温室への強制捜査——だが、その先に待っているのは“真実”ではなく、さらなる芳香と血の饗宴だった。