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第四章:香りの共犯者たち

術後三日目。澪はベッドに横たわっていた。


 病室ではない。そこは「Musc Noir」地下の“特別室”であり、皮膚に食い込むシーツには性分泌と薬品の香りが染み込んでいた。左足は膝上で切断され、包帯の上からもなお滲み出る血液の香りが、空間を支配していた。


 「よく耐えましたね、如月刑事」


 匠真が、澪の傷口に顔を寄せ、包帯の端にそっと口づけた。その舌が、微かに滲んだ血をすくい、唇に塗り広げる。


 「この苦痛、この匂い……最高……」


 澪は震える身体で喘ぎながら、冴子に手を伸ばす。冴子は、裸の義足を外し、自らの太腿の縫合痕を指先でなぞった。


 「ねえ、澪……あなたは、翔平に似てる。痛みでしか愛を測れないのね」


 「彼のこと……もっと聞かせて」


 冴子はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと語り始めた。


 ——翔平との出会いは五年前。


 彼は介護施設で冴子が理学療法士として働いていた頃の患者だった。交通事故で左足を失い、生への希望を見失っていた翔平。だが、冴子の義足を見たとき、彼の瞳は確かに“濡れた”——性愛としての欲望を抱いた瞬間だった。


 「私は彼に教えたの。失うことの悦びを。断たれることの自由を」


 「あなたが、彼を……?」


 「ええ。彼は望んだのよ、自分の右脚も不要だって。だから私は、切った」


 そのとき、地下室の電話が鳴った。


 匠真が受話器を取る。数秒後、眉がわずかに動く。


 「警察が動き始めた。翔平の遺体が一部見つかったらしい。……問題は、切断ではなく“保存”されたほう」


 冴子は唇の端を吊り上げた。「あれは、私たちの“記念”だったのに」


 澪は囁いた。「私も、あなたたちの記念になりたい」


 三人の視線が重なる。快楽、共犯、そして破滅への道が、一筋の香りとして、室内を満たしていった。

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