第三章:断肢と記憶の温室
地下室の扉が軋みを上げて開いた。
そこは「Musc Noir」の地下にひっそりと設けられた、限られた常連しか足を踏み入れられない空間——義肢標本と人体の一部を保存する、温室のような“香りの檻”だった。
香屋匠真は静かに扉を閉じ、鍵をかける。冴子と澪は、まるで礼拝に臨む信者のような目をしていた。
「ここには、かつて私が愛した人々の……断片がある」
棚にはガラス瓶がずらりと並ぶ。中には乾燥処理された耳、指、切断された乳首、焼きごてで変形した義手のパーツ。それぞれに、香水のようなナンバリングと香りの分類ラベルが貼られていた。
冴子が目を細める。「この香り……翔平のものね」
匠真が頷いた。「七瀬翔平。三年前に失踪した若者。彼は自らの意志で“断ち切り”を望んだ」
「どうして?」澪が囁いた。「何が、彼をそんなに壊したの」
匠真は答えた。「欲望だ。彼は義足の女性に欲情し、片脚を失った少女と愛し合い、やがて、自分も“不完全”になりたかった」
冴子が笑う。「でも彼は、私にすべてを委ねた。『切ってくれ』と、自ら言った。あのときの音、私は今も、あそこを濡らすほど思い出せる」
澪の手が、自らの腿にそっと触れる。「わたしも……なりたい。そういう対象に」
匠真は冴子と視線を交わし、頷いた。「ならば、儀式を始めよう」
棚から取り出されたのは、精巧な鋸と拘束具。そして、無麻酔手術用の古い医療椅子だった。
澪は躊躇わなかった。コートを脱ぎ、太腿を晒し、自ら椅子に座る。目は濡れ、唇は熱を帯び、まるで処刑台に上がる花嫁のようだった。
「切られて、初めて愛されるなら——私は喜んで、壊れてあげる」
その言葉を最後に、室内は器具の金属音と、嗅覚に満ちた濃厚な匂いに包まれていく。