第二章:刑事、快楽と血の罠
如月澪は助手席から降りると、コートの内ポケットに収めた小瓶をそっと確認した。中には、血と汗が混じった分泌液——それは、自らの下着に染み込ませたものである。彼女は供述に使う嗅覚テストの“疑似サンプル”として、これをしばしば利用する。
彼女には一つの秘密があった。捜査のためではない。自らの欲望のために、犯人と同じ空気を吸い、同じ匂いを嗅ぎ、自分の身体が反応するのを確かめたかったのだ。
店内に入ると、濃密な皮革と汗の匂いが充満していた。冴子と匠真が視線を交わしていた。空気はすでに緊張に満ち、澪の嗅覚は瞬時に反応した。
「この空間……女の性器と男の恐怖が、混じっている」
澪は鼻先で空気を探りながら、ひとつ大きく息を吸い込んだ。彼女の下腹が熱を帯びる。
「如月刑事……ずいぶんと鼻がいいんですね」
冴子が笑う。
「私は元々、他人の排泄物と汗が混ざった匂いが好きでして」
澪は悪びれもせずにそう返し、カウンターに近づくと、冴子の義足を見下ろした。
「それ、人間の“本物”でしょう」
「ええ。彼の脚だった。今は、私の快楽の支柱」
澪は無意識に、足元に視線を落とした。自らもいつか——そのような状態に憧れていることを、誰にも告げたことはない。
「私、たまに想像するんです。足を切られて、義足になって、誰かに舐められる妄想を」
静寂が落ちる。匠真の目が澪を射抜くように捉える。
「あなたも……こっち側、ですね」
匠真は、義足の脚先に手を伸ばし、ゆっくりと唇を這わせた。冴子はうっとりとした顔で自らの傷痕を見せる。そして澪も、無意識のうちにコートのボタンを外し、左の太腿にナイフで刻まれた無数の傷跡を見せた。
「警察のくせに、いやらしいですね」
冴子がそう言って笑う。
「私はね、澪さん。あなたのその足が……切断される瞬間を想像して、昨晩、三度もイッたの」
——この三人の欲望は、すでに正常な倫理の外にある。
そして、冴子が持ち込んだハンカチに残された血液が、過去の失踪者・七瀬翔平のDNAと一致するという報告が、翌日にもたらされることになる。