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第十九章:香律(こうりつ)の胎動

 柚月が《第十五番:香律》の設計図を起動した瞬間、ノクターン・シティ全域の香気検知網が再び目を覚ました。だが、それは旧来の“香り”ではなかった。


 《香律》が放つのは、嗅覚を通じた「記憶秩序の再構築」。脳内の扁桃体と海馬を直接刺激し、トラウマや衝動を“意味ある記憶”へと再編集する機能だった。


 「嗅覚は支配ではなく、共感の媒体になる」


 柚月の言葉に呼応するように、旧市街の診療所や廃ビル、地下鉄ホームで、次々と市民が涙を流し始めた。過去の痛みが、香りによって“語られる”ことで、許されていく。


 一方、朝永は新たな異変に気づいていた。


 「“記憶の再構築”が、人間の意思を奪っていく……?」


 すべての記憶は編集可能になり、やがて「誰が誰か」「何が正義か」が曖昧になっていく。香律は香りを通じて記憶の“法”を編むが、その裁定者はただ一人——柚月だった。


 そして、地下深く。かつて玲央が幽閉されていた監禁室から、一体の人影が立ち上がる。


 「……香りの記憶など、所詮は幻想だ」


 それは、玲央の“失敗作”とされ、忘却された最初の被検体。名も持たぬ彼女は、《第零番》に敗れた存在でありながら、香律の起動によって再び脳内の残香が活性化していた。


 「香りは武器だ。記憶ではない」


 香律の拡散によって、彼女の封じられていた嗅覚本能が解放され、“戦闘調香師”として目覚める。


 その報せは、ノクターン・シティ最北端、かつての香料開発軍研究所跡へと届く。そこに待っていたのは、香律に対抗すべく設計された《禁忌ノ番外編:無香刃》——香りすら拒絶する“絶嗅覚”を持つ新たな存在だった。


 柚月と朝永、そして復活した香の戦士たちが、それぞれの“香りの正義”を携えて、交錯し始める。


 香りは支配か、救済か——


 戦慄の調香戦争が、今幕を開けようとしていた。

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