プロローグ
——その脚は、美しすぎた。
香屋匠真は、皮革の義足に指を這わせながら、ゆっくりと鼻を近づけた。
人工的なポリマーの奥に、ほんの僅かに皮膚から滲み出た汗と膿の混ざる香りがあった。香料で隠そうとした痕跡がある。けれど、それすらも彼にとっては“前戯”だった。
「……この脚、どこで外した?」
彼が囁くように聞くと、女は無言で自分のスカートの裾をまくり上げた。
そこには、すでに存在しない大腿部が、静かに眠っていた。
「左脚は、私が望んで失ったもの。右は、あなたの匂いにあげてもいい」
女の言葉に、匠真の脳内に熱が走る。
——脆い身体。
——欠けた肉体。
——“不完全”の中にある、完全なエロティシズム。
彼が最後に心から愛した女も、義手をつけていた。だがその愛は、事故で砕けた。
それ以来、匠真は香りと肉体の「残欠」にしか、欲望を見いだせなくなっていた。
今、目の前にいる女——白鳥冴子は、“その理想の終着点”だった。
だが、彼は知らない。
この女がもたらすものが、ただの快楽ではなく、十年前の未解決失踪事件、さらには連続猟奇死体遺棄事件の“発端”であることを——。