驚きで絶句してしまう
政治的な理由でスコット筆頭補佐官に近づくルイスとマチルダは、自分たちの挨拶を済ませると……普通に世間話を始めた。
これはあり得ない事態だ。
スコット筆頭補佐官はわたくしをエスコートしている。そしてここはデビュタントの会場。これから社交界デビューする令嬢を互いに紹介しあう場でもある。それなのに……。
(なるほど。わたくしを貶める発言をすれば、スコット筆頭補佐官に悪印象をもたれてしまう。ゆえに徹底的に無視することにしたのね)
そう思うものの。それがあながち悪いことではないとも思えてしまう。
なぜならわたくしは収監されている罪人の娘。そんな令嬢をエスコートしているスコット筆頭補佐官は、変な噂が立たないか、ハラハラドキドキのはずだ。わたくしを紹介することも恥ずかしいだろう。国王陛下への挨拶を私が済ませ、最初のダンスをしたら、役目は果たしたことになる。スコット筆頭補佐官としては、早く退出したいと考えている可能性が高い。
さっき、凛としようと決めたのに。視線がピカピカの大理石の床に向かいそうになる。
「アヴェネス公爵令息、バルヴェルク伯爵令嬢。話の腰を折るようで申し訳ないのですが、僕がエスコートしているテレンス嬢を紹介してもいいでしょうか」
スコット筆頭補佐官の声にハッとする。
「彼女はレグルス王太子殿下の婚約者であるコルネ伯爵付きの侍女です。大変働き者で、ご自身の背負った過酷な運命にもめげずに頑張られています。書類や手紙の整理は完璧で、彼女が書いた宛名や書類は、補佐官の間でも『読みやすい』『美しい文字』と人気です。しかも法律や数字にも強く、補佐官のミスをこっそり教えてくれます。おかげで補佐官たちは、間違った書類をコルネ伯爵に提出しないで済んでいるのです。そんなテレンス嬢を本日エスコートでき、僕はとても光栄に思っています。ぜひ彼女のこと、以後、お見知りおきください」
キッパリとスコット筆頭補佐官が言い切り、ルイスとマチルダは口をぽかんと開けている。わたくしも驚きで絶句してしまうが、すぐに挨拶を行う。
「スコット筆頭補佐官にご紹介いただいた、ルイーザ・マリー・テレンスでございます。コルネ伯爵の厚意で本日デビュタントに参加させていただきました。どうぞよろしくお願いいたします」
きちんとお辞儀をすると、今度はルイスとマチルダがハッとする。
「コルネ伯爵……そう、コルネ伯爵ともゆっくり話したいのですよ。スコット筆頭補佐官、コルネ伯爵と話す場を作ってくれませんか?」
「ええ、私もコルネ伯爵にご挨拶をしたいのです。スコット筆頭補佐官、お願いします!」
ルイスとマチルダは再びわたくしの存在をなかったことにして、スコット筆頭補佐官に声をかける。
「今、僕はテレンス嬢のことを紹介したのですが」
「「あっ……」」
ルイスとマチルダは苦々しい表情となり、ゴミでも見るような目でわたくしを見る。
「ルイス・シャーク・アヴェネスだ。アヴェネス公爵の嫡男だ」
ルイスははき捨てるように名乗る。
「マチルダ・エルザ・バルヴェルク、バルヴェルク伯爵の娘で、伯爵令嬢ですわ」
マチルダは自身の身分を強調する。
「それでコルネ伯爵ですが」
「アヴェネス公爵令息、失礼ではないですか」
ルイスの言葉をスコット筆頭補佐官が遮る。
「お二人の態度、まるで使用人に対するようなもの。確かにテレンス嬢はコルネ伯爵の侍女です。ですがお二人からしたら、ただのお嬢さんのはず。今の態度は失礼では? 貴族としての品格を疑います」
スコット筆頭補佐官の口調は冷たく、まるでレグルス王太子殿下のよう。長年彼に仕えることで、スコット筆頭補佐官は、殿下のような口調ができるようになっていた。
一方のルイスとマチルダは分かりやすく青ざめている。
まさにレグルス王太子殿下を思わせる口調に、殿下を思い出し、震撼したようだ。
「そ、そんなつもりはないですよ、スコット筆頭補佐官!」
ルイスが震えながら答える。
「そ、そうです。そちらのテレンス嬢は、へ、平民ですわ。平民に貴族と同じように接するのは不要ではなくて!?」
マチルダはかなりパニックとなり、言わないでいいことを口にしてしまった。
「この場にテレンス嬢がいることの意味、お二人は理解できていないようですね。このデビュタントの主催者は国王陛下です。陛下が、テレンス嬢の参席を認めているのですよ。陛下が認めたテレンス嬢に対し、礼儀正しく振る舞うことが、お二人はできないのですか? 平民であると、馬鹿にされるのです? それは引いては陛下に対する不遜にはなりませんか?」
これにはすぐにルイスが顔面を蒼白にして弁明する。
「スコット筆頭補佐官、断じてそんなことはありません! 自分は一度もそのような態度をとったつもりはありません! テレンス嬢、今日はご挨拶できて大変光栄でした。ありがとうございます。それでは自分は所用があるので失礼させていただきます」
なんとルイスはエスコートしているはずのマチルダを置いて去って行く。
「そ、そんな! ルイス様!」
マチルダは今にも泣きそうになり、あわあわするが、周囲の貴族は冷たい目で彼女を見ている。
今、マチルダを助ければ、スコット筆頭補佐官の言葉に「異議あり」を示すことになるのだ。それは国王陛下の意向に対して異を唱えることでもある。王族を不用意に敵に回すことは誰もしない。
シャペロンをしている女性をマチルダは探すが、年配のその夫人は、離れた場所で顔を扇子で隠すようにしている。どうやら助け舟を出す気配はなかった。
「その……あの……申し訳ございませんでした。テレンス嬢、デビュタント、おめでとうございます!」
マチルダはそう言うと、ルイスが逃げて行った方へ、そそくさと歩き出した。
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スコット筆頭補佐官の言動が男前な件!