彼女の優しさ
「違いますわ! 髪留めではなく、ティアラですわよ、モンクレルテ嬢!」
「あ、そうでしたね、テレンス嬢! ごめんなさい~」
「サッシュも着けるのよね!? この白い方? 青?」
「ドレスが碧い色ですから、白にするって何度も話しましたわよね、ルベール嬢!」
「あ、そうだったわね」
ここは「も~っ」と言いたくなるのは我慢する。
ようやく侍女の仕事に慣れてきたところで、大きな公的イベントにコルネ嬢が出席することになった。
それは……デビュタント!
コルネ嬢自身のデビュタントは既に終わっている。よって今回は主催者側、王族の一員として、レグルス王太子殿下の婚約者として出席することになるのだ。
デビュタントの主人公は、この日社交界デビューする令嬢たち。それをもてなすホストの一人という立場であるが、そこは最大限の敬意を持って臨むことになる。
つまりドレスも一週間前には決定し、トルソーに飾られ、宝飾品や小物なども揃えておくわけだ。
「これでネックレス、イヤリング、ブレスレットも揃ったわね。……オペラグローブも大丈夫」
指さしチェックするわたくしのそばで、ルーベル侯爵令嬢とモンクレルテ子爵令嬢は……。
「わぁ~、見てください! この後ろのリボンの見事なドレープ。素敵です~」
「この身頃の宝石、模造宝石ではなく、本物よ! すごいわ!」
トルソーに着せたドレスを鏡で見て、二人は感嘆の声をあげているが……。
そうなる気持ちは分かってしまう。
この日のためにあつらえたドレスは、生地は上質、刺繍は繊細、レースとチュールはとてもゴージャスなのだ。しかもその色、レグルス王太子殿下の瞳と同じ碧で実に美しい。
「さあ、行きますわよ。この部屋は一週間後まで、この状態で締め切りとなりますわ。もたもたしていると閉じ込めますわよ」
わたくしの一言に、ルーベル侯爵令嬢とモンクレルテ子爵令嬢は「はーい!」と返事をする。
扉を閉め、わたくしはカチリと鍵を掛けた。
◇
「あ、ルーベル嬢とモンクレルテ嬢は戻っていいわ。テレンス嬢はちょっと残ってくれませんか?」
ナイトティーを出し、コルネ嬢の寝室から退出しようとすると、わたくしだけ呼び止められることになった。
(……わたくし、何かへまをしましたかしら?)
少し不安になる。
わたくしの不安をよそに、カチャッと音がして、ルーベル侯爵令嬢とモンクレルテ子爵令嬢は退出してしまう。
「テレンス嬢」
「きゃっ」
ソファに座り、ナイトティーを飲んでいたはずのコルネ嬢がすぐそばにいたので、わたくしは悲鳴を上げてしまう。
「ごめんなさい! 驚かせるつもりはなかったのよ」
「! い、いえ、こちらこそ大変失礼いたしました。大声を出してしまい、申し訳ございません。……何でしょうか、コルネ伯爵」
「一緒に来てくださる?」
そう言うと、コルネ嬢はニコリと笑う。
その自然な笑顔は本当に愛らしい。
(レグルス王太子殿下はこの表情を見て、氷の王太子から一転、とろけるような甘い顔になっているのでは……)
わたくしの手をとり、まるでエスコートするように歩き出したコルネ嬢は、クローゼットへと向かう。
カチッとクローゼットを開けると……。
コルネ嬢のクローゼットは、家具というより、一つの部屋になっていた。ズラリとドレスが並び、中央の通路には……。
「……まぁ……」
トルソーに着せられているドレスは、胸元に生地で作られた白い薔薇が飾られた、美しいベルラインのドレスだった。スカート部分のチュールには、薔薇の花びらを模した生地が、小粒の模造パールと共に散らされ、実に美しい。
(え、もしや婚約式のドレスかしら? さすがにウェディングドレスにしては早すぎると思うのだけど)
「来週の今日、テレンス嬢はお休みをとってください」
「えっ……」
来週の今日はデビュタントがあり、コルネ嬢はその準備で忙しい。彼女の侍女はまだ十分ではなく、この日は全員出席のはずでは……?
(まさか。わたくし、何か下手をしたのかしら? 無期限で休みをとれということでは……)
「この通り、身に着ける宝飾品とオペラグローブ、そしてパンプスも揃えてあります。マルグリット夫人からサイズを確認してオーダーしたから、問題ないと思うわ。でも明日でもルーベル嬢とモンクレルテ嬢に手伝ってもらい、一度試着してみてください。もし直しが必要なら、宮廷付きのお針子を向かわせるから、遠慮なく言ってちょうだい」
「コルネ伯爵、それは……」
「テレンス嬢。代々テレンス公爵家は娘のデビュタントを十六歳と決めていたわよね? そしてテレンス嬢は本来今回のデビュタントで社交界デビューだった。その日のために、幼い頃からずっとダンスだって練習していたはずよ。だからこのドレスを着て、デビュタントに出席するといいわ」
コルネ嬢にこう言われた時、わたくしは……言葉が咄嗟に出ない。
貴族令嬢として、公爵令嬢として育ったわたくしには、デビュタントはとても重要なイベントだった。子どもの頃、知り合いの年上令嬢がデビュタントための白いドレスを着ているのを見て「わたくしも将来、この国で一番のドレスでデビュタントへ出席しますわ!」と思っていたのだ。
でもお父様の一件があり、デビュタントどころではなくなった。
そもそもデビュタントは貴族のためのイベント。もはや平民のわたくしには……。
「殿下が国王陛下に話し、テレンス嬢の出席を認めてくださったのよ。私付きの侍女という身分で」
「えっ、わ、わたくし、デビュタントへ行けるのですか……!?」
「貴族令嬢ならデビュタントを夢見て育つでしょう。それは私も同じ。テレンス嬢もそうだったのでは? デビュタントに出席したところで、その後、舞踏会へ出席したり、晩餐会へ招待され、社交を楽しむ……というわけにはいかないわ。あくまで私付きの侍女でしょう。だから中途半端に夢を見せることにならないか、そこは心配なのですが……」
コルネ嬢はどうしてこんなに優しいの! もう涙が出そうになるのを堪え、わたくしはコルネ嬢に抱きつく。
「ずっとデビュタントに憧れ、成長してきました。一生に一度でいいんです。わたくしは既に平民ですから、舞踏会や晩餐会に行きたいとは思いません。ただ、デビュタントだけは……。ありがとうございます、コルネ伯爵。来週はお休みをいただき、デビュタントに参加させていただきます。それでわたくし、十分ですわ」
お読みいただき、ありがとうございます!
テレンス嬢、良かったね☆彡