妹の勘
「私、小説を書くわ!」
高らかと私が宣言した結果。
とんでもないことが起きてしまう。
小説を書くには大量の紙が必要になる。
そこで私に付いている侍女、アンジェリカ・リリー・コルネ、コルネ侯爵の三女であるコルネ嬢に倉庫へ紙を取りに行ってもらうことにしたのだ。
倉庫は宮殿の敷地内では外れた場所にある。近くに印刷工房や少し離れた場所に図書館もあるが、用がないとあまり人が訪れる場所ではない。王宮からも最も遠い場所でもある。
お使いとして往復で三十分以上はかかるかもしれない。
何せドレスにパンプスで向かうのだから。
でもコルネ嬢は私に付いている侍女の中で一番若く、いつもちょこまかと動き、フットワークが軽い。よって王宮から遠い場所へのお使いは、彼女にお願いすることが多かった。本人もそれを心得ているので「かしこまりました! 行って参ります」と元気に部屋を出て行ったのだけど……。
なんとお兄様の暗殺未遂現場を、コルネ嬢は目撃してしまうことになるのだ。
敵は暗殺組織ギヌウス。
暗殺のプロだ。しかもその成功率九割と言われる、凄腕揃いの暗殺組織。扱う剣も曲剣であり、通常の長剣で相手をするのは難儀する。刺すより斬るための動きも癖があるのだ。
そんなギヌウスにお兄様が襲撃されているのを見た時。警備兵や護衛騎士が大勢倒されている状況で、普通だったら逃げるか息を潜めて隠れ、やり過ごすと思う。だってコルネ嬢は私の侍女なのだ。女剣士でも女騎士でもない。ただの侯爵家の三女。
それなのにコルネ嬢は機転を利かせ、お兄様の危機を救うのに一役買うことになった。
これにはもうビックリで、私から褒美を与えようとしたら、何とお兄様が自らの懐から100万ゴールド出すと言うのだ!
(コルネ嬢の給金は毎月25万ゴールドよ。それを考えると臨時ボーナスとしては破格。スコット筆頭補佐官によると、お兄様はもっと出そうかとしていたのを、コルネ嬢が止めたというのだから……)
これにはもう驚くしかない。
(もっと出そうとするお兄様もお兄様もだけど、遠慮するコルネ嬢もコルネ嬢よ。ここは貰えるものは貰えるだけ、きっちり貰ってもいい世界なのに!)
確か前世では、東洋の価値観で遠慮が美徳とされると聞いたことがある。でもこの世界はどちらかというと西洋の価値観に近い。欲しい物ははっきり欲しいと示す。自分の意志は、きっちり相手に伝えることが大切なのだ。
(なんだかコルネ嬢は東洋人っぽい気質なのかしら?)
そんなことを思っていると、私の所へスコット筆頭補佐官が訪ねて来た。
オリーブブラウンの長髪を後ろで一本に束ね、眼鏡をかけた長身のスコット補佐官は、アンティークグリーンのスーツ姿で、まずは私に挨拶する。その後、こう告げた。
「コーデリア第二王女殿下。折り入ってご相談がございます」
「スコット筆頭補佐官……何でしょうか?」
ソファに座るよう勧めながら応じる。
「実は……」
そこで語られた話を聞いて、私はこの世界に転生してから、一番驚愕したと思う。
「え……コルネ嬢を……お兄様は……自身の侍女にしたいと?」
「ええ、そうなのです。これまでメイドも侍女もご自身の専属を置かない殿下でしたが、今回はぜひに、と」
「ぜひに、と、お兄様が言っているの?」
「ええ、ぜひに、と」
スコット筆頭補佐官の言葉を聞き、私は確信することになる。
(間違いないわ。お兄様は本気でコルネ嬢を自身の侍女にしたいと思っている)
お兄様は昔から暗殺の危機に遭うことで、人をそう簡単に信頼することがなかった。その一方で、一度信頼した相手にはとことん入れ込む。その最たる存在がスコット筆頭補佐官だ。
スコット筆頭補佐官は、お兄様が十一歳の時に補佐官として採用され、そこから全面的なお兄様の味方として仕えている。しかもポーカーフェイスのお兄様が、真の無感情者にならないようにしたのも、スコット補佐官だった。
(彼がお兄様と動物が接する機会を増やしてくれたから、完全にロボットのような人間にならないで済んだと思うの。そしてお兄様も、そういう配慮ができるスコット筆頭補佐官のことを、心から信頼している)
ゆえにスコット筆頭補佐官は、二十四時間三百六十五日、お兄様から離れられなくなっているのだけど……。
(もしかして第二のスコット筆頭補佐官が、コルネ嬢になるのでは……?)
そこでコルネ嬢の姿が脳裏に浮かぶ。くりっとした瞳に、キャラメルブロンドの髪。
(なんというか小動物みたいなのよね。お兄様の好きそうな)
まさか。
まさか、と思う。
(もしかしてお兄様、小動物みたいなコルネ嬢だから、気に入ったのかしら? ううん、それだけではないわね。お兄様は見た目より中身。そしてコルネ嬢は命懸けでお兄様を助けた。みんなが苦手なあの苦い化膿止めの薬を飲みやすくする方法も考え出したのよ。粉末を庶民でも飲みやすくする方法まで考案した。つまり中身もしっかりしているのがコルネ嬢じゃない……!)
女性はなぜか色恋沙汰に敏感。そして私はこの時、確信した。
(お兄様はコルネ嬢を気に入っている。二人は……そういう仲になるに違いないわ……!)
そうと分かった私は、スコット筆頭補佐官に笑顔で応じる。
「分かりました。コルネ嬢がお兄様付きの侍女になることに、同意しますわ」
「本当ですか! ありがとうございます、コーデリア第二王女殿下! それでは後ほど、従者を向かわせます」
「ええ、承知いたしましたわ!」
お読みいただき、ありがとうございます!
この後、「うん?」のエピソードにつながっていくのでした~
そして本日遂に受賞作が発売です……!
お買い上げいただいている読者様がいたら
本当にありがとうございます。
あー、もう朝からドキドキですね~
一日中ふわふわしていそうです(笑)