これは……何ですの?
コルネ伯爵の注文品を雑貨屋にまで取りに行く。
この大切なお役目、誰が行くかとなった。
今から宮殿を出て雑貨屋行けばお昼にはちょうどいい時間になる。
「お昼を食べてから戻るので構わないですよ」
マルグリット夫人にこう言われた瞬間。ルベール侯爵令嬢とモンクレルテ子爵令嬢の顔が輝く。
宮殿勤めをしていると、食事は宮廷料理人が作った美味しい料理をいただける。それに文句はない。むしろ大変美味しくありがたく感じている。
ただ、食事の時間は常にずれ込む。
食事中の給仕はメイドがするので、仕えている主が食事中に別室で食べる……というわけではない。たいがい午前中の仕事はずれ込んでしまう。そちらがひと段落し、主が食事を終えて居室に戻ったら、ようやく食事になることが多いのだ。
しかもベルが鳴れば、食事は中断。主の元に駆けつけるもの。ただコルネ伯爵は優しいから、わたくしたちが食事をしている最中に呼び出すことは、余程のことでない限りはない。
その代わりのように、執事長やリーヴィエル侍女長に呼ばれたりする。別に彼らは意地悪をしている訳ではない。主の仕事をしている最中に呼び出しは出来ないため、休憩中に声をかけているだけだった。
そうだとしても、それで食事は中断になる。ゆえに侍女の食事というのは、主が外出でもしなければ、ゆったりととるなんて無理なこと。よってお使いついでで外食ができるのは……とても魅力的な話だった。
「ルベール嬢、モンクレルテ嬢。どちらかがお使いで構わなくてよ。残りの書類の整理はわたくしの方でやっておくわ」
既に修道院で生活していた期間があるわたくしは、食事を手早く済ませることにも慣れていた。ゆえに令嬢生活からまだ抜けきれず、ゆったり食事をしたいであろう二人に譲ることにしたのだけど……。
ルベール嬢がまず声をあげる。
「何件か宛名書きをしないとならないんですの。それに私、宮廷料理人の皆さんの料理が気に入っていますの。モンクレルテ嬢、あなたは?」
「わ、私も宛名書きと、お茶会の招待者リストを作る必要があります。お使いも重要なお仕事だと思うのですが……。もしテレンス嬢のご都合がつくようなら、お願い出来ますか?」
モンクレルテ子爵令嬢が申し訳なさそうにこちらを見る。お茶会の招待者リスト作りはわたくしと一緒にすることになっていた。わたくしに任せ、モンクレルテ子爵令嬢はお使いに出ることはできる。
(わたくしに遠慮しているのかしら?)
チラッとモンクレルテ子爵令嬢を見ると、首をふるふると振っている。つまり遠慮していないということ。
(二人ともさっきの顔の輝きは何だったのかしら?)
思うところはあるものの、ここでもたつく必要はない。何より、マルグリット夫人を待たせているのだから。
「わたくしが参ります」
そう答えることになった。
◇
宮殿を出ると春らしい気温と陽射しに、頬が緩む。馬車の窓から見える人々は、春の到来を喜ぶような明るい色合いの服装が多い。
コルネ伯爵の外出に合わせて出かける──公的な行事であれ、社交であっても、はたまた私的な用事でも、外出は通常午後が多い。特に冬は午前中、寒さもある。外出は午後からがセオリーだった。よってこんな時間に街へ外出は滅多にないので、それだけで何だかワクワクしてしまう。
(修道院でもこの時間は朝食の片付けから始まり、掃除洗濯に追われていたわ)
そんなことを思っている間に、雑貨屋に到着する。お店で待ち受けていたのは、店主の娘と孫娘。二人はわざわざわたくしが出向いたことに恐縮する。そして早速、注文品を受け取ることにしたのだけど……。
「これは……何ですの?」
「こちらは東方より取り寄せた『和紙』と呼ばれるものです。薄くて軽く、上質な触れ心地。この柔らかさから、折り目はつきにくい。こうやって引っ張っても、案外丈夫で破れにくいんです」
「初めて見ましたわ。こんな紙があるのですね」
指で触れると表面は少し毛羽立っているような感じもするけれど、独特の質感は初めてのもの。
「この紙……和紙で羽根ペンは使えるのかしら?」
「使えますよ! 表面のわずかなざらつきで、インクも滲みにくく、実は貴族の皆様が普段使う紙より、書きやすいと思います!」
「えっ、そうなのですか!?」
「はい。ただ舶来品ですから、お値段が……。これで通常の紙と同じ価格なら、一気に普及すると思います」
これには「なるほど」と驚き、この和紙に目を付けたコルネ伯爵がすごいと思ってしまう。
「それではこちらの和紙、ご指示のあったサイズにカッティングは済ませてありますので」
「ありがとうございます」
受け取りながらこれは何に使うのかしら?と考えてしまうが……。
「全部で三百枚に予備ということで百枚を用意いたしました」
この数を聞いて「ああ、なるほど!」と理解する。
一年で一番、この大陸で気候が快適となる六月にコルネ伯爵とレグルス王太子殿下の婚約式が行われる。大聖堂で行われる婚約式には国内外から百五十名が参加し、その後に行われる宮廷晩餐会にはまさに三百名が招待される手筈になっていた。
(きっと宮廷晩餐会のお品書きをこれで作るのね!)
宮殿の敷地内には鍛冶職人の工房がある。だが工房はそれだけではない。印刷工房もあり、そこで国の公式文書など機密の高い書類の印刷を一手に引き受けていた。
「ではこちらの受領書にサインを」
「分かりました」
こうしてサインをして、雑貨屋を出たまさにそのタイミングで、見たことのある顔とバッタリ遭遇する。
「ルイーザ様!」
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