応援したい気持ち
「なるほど。それでルベール嬢はテレンス嬢の頬をつねるなり、平手打ちをするなりをしたのですか?」
書斎机を挟み、椅子に座って組んだ両手に顎をのせたリーヴィエル侍女長が、眼鏡越しでキリッとした瞳を私に向けて尋ねる。
「いえ。つねることも平手打ちすることもなく、代わりでテレンス嬢に抱きつき、大泣きしたそうです」
私の言葉にリーヴィエル侍女長が片眉をくいっとあげる。
「声をあげて、泣いたのですか?」
「はい。そう報告を受けました。激しく泣きじゃくるのは三十分ほど続いたそうです。その後はすすり泣くような状態がしばらく続き、疲れ切ったのでしょう。ぽつり、ぽつりと借金が増え、家族の会話もなくなり、殺伐していたこと。生活が苦しいのに見栄をはるため、さらに借金をして、社交を続けていたこと。縁談話が出ていたが、持参金を用意できず、立ち消えになったこと。そう言ったことをすべてルベール嬢は打ち明けたそうです」
「いろいろと溜まっていたことを全て吐き出したわけですね」
「その通りです、リーヴィエル侍女長」と私は応じる。
「ルイーザ・マリー・テレンス元公爵令嬢。レグルス王太子殿下の婚約者候補にも挙がっていた名家のご令嬢でした。父親であるテレンス元公爵が悪事を働いていなければ、殿下と婚約していた可能性が高かった方です。とはいえ、それでも生粋の貴族令嬢。コルネ嬢と違い、誰かに仕える経験などしたことがなかったようですが……。修道院で過ごした経験が、彼女を変えたようですね。食べ物を大切にする気持ちを持ち、作り手の苦労を思う。そんな下々の者のことも考えられるようになったと。……最終的にルベール嬢は、パティシエに謝罪をしたのですよね? テレンス嬢のアドバイスに従い」
「はい。ルベール嬢はお詫びで、自身の休憩時間を使い、パティシエの手伝いをしたそうです。そこで実際にマカロンの生地やクリームを作る体験をして……。ルベール嬢はマカロンを粗末に扱ったことをパティシエに泣いて詫びたそうです」
「ルベール嬢も少しは成長したようですが、いかんせん泣きすぎですね。感情のコントロールはとても重要なこと。マルグリット夫人、あなたの方でもきっちり指導をするように」
「かしこまりました」と返事をすると、リーヴィエル侍女長はいつもの厳しい表情から一転。にこやかな表情になる。
「コルネ伯爵からテレンス元公爵令嬢を侍女に迎えたいと聞いた時。私は大反対しました。父親が犯罪者の元公爵令嬢を侍女にするなど前代未聞。ですがコルネ伯爵は、周囲の反対を想定の上で策を用意していました。ただ働きも同然にすることで、周囲から批判の声を封じる。テレンス嬢が目立たないよう、三人の侍女を一気に雇い入れました。さらにルベール嬢のような問題児を加えて……。こうなることもコルネ伯爵の想定内だったのでしょうか。ルベール嬢のパティシエへの謝罪により、使用人たちの間で、テレンス嬢に対する見方は大きく変わったはずです。侍女をしているとはいえ、侯爵令嬢であるルベール嬢が泣いて詫びるなどあり得ないこと。そうなったのはテレンス嬢の他者を思いやる気持ちのおかげと分かったら……」
「人間は不思議なもので、弱者には共感し、応援したい気持ちが生じやすいですよね」
私がそう伝えると、リーヴィエル侍女長は深々と頷く。
「ええ、そうですよ。貴族社会のトップから父親の悪事により転落した公爵令嬢。最初は『ざまぁみろ』だったでしょう。ですが修道院に送られ、挙句、無給にも近い状態で侍女として働かされる。そんな逆境の中で、下々の者に寄り添える言動を見せているのです。『なんだか憎めないじゃないか。頑張れよ』という気持ちが自然と助長されます」
リーヴィエル侍女長はこうなることを予想してコルネ伯爵が今回の采配をしたのだろうと思い、彼女の底の見えない有能さを喜んでいる。そして侍女頭である私はリーヴィエル侍女長の予想が正解であることを知っていた。
コルネ伯爵はテレンス嬢が修道院に送られるとなった時から、侍女候補者の人選を始めていた。上辺だけの情報ではなく、それぞれの人物が置かれている境遇を細かく調べるよう、私に指示を出したのだ。そこから誰を選び、どう組み合わせるか。侍女として採用するタイミングまで全てコルネ伯爵の采配だった。
なぜここまでするのかと尋ねると……。
「だってテレンス元公爵は確かに悪党だったわ。でもテレンス嬢自身に罪はないのよ。しかも彼女は貴族令嬢のトップにいたの。彼女は貴族社会のことを知りつくしているはず。そんなテレンス嬢がそばにいてくれたら、とても心強いわ。それにね、テレンス嬢はとっても不器用。ツンとしているし、怖いと思われがちだけど、本当はとっても思いやりがある方なの。せっかく彼女の良さに気づけたのよ。このまま修道院で終わらせるなんて、そんなことできないわ。できれば私と関わった人には幸せになって欲しいの。大切な仲間なのだから」
コルネ伯爵は仲間と考える誰かのために何かすること。それは特別ではなく、当たり前だと思っている。何か見返りを求めているわけではない。そうすることが自然と考え、行動できること。そんなコルネ伯爵だから、鍛冶職人や使用人にも彼女の支持者が多い。もちろん、私もそう。リーヴィエル侍女長も含め、侍女たちはみんな、コルネ伯爵を応援したい気持ちでいっぱいだった。
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本日お昼更新をするつもりが、別の作品を更新していました。ごめんなさい!
ちょっとお昼がバタついており……。
お詫びで明日は2話更新いたします!
本当にごめんなさい!