その理由
Shame on you!
これはとても強い否定の言葉。
男性同士でこの言葉が出た場合、決闘にさえなりかねない。言われた方は間違いなく名誉を汚されたことになるから、逆上してもおかしくない。
わたくしからこの言葉を投げかけられたルベール侯爵令嬢は実に怖い顔になり……。
(驚いたわ! 何とわたくしに掴みかかり、拳を振り上げている!)
「ルベール嬢、お、落ち着いてください!」
モンクレルテ子爵令嬢が顔面蒼白でルベール侯爵令嬢の腕を押さえる。
「あなた、平民に落ちたくせに、貴族の私にそんな捨て台詞を吐くなんて! 何様のつもりなのよ!」
もう唾を飛ばしながら怒鳴り、手足をばたつかせ、とても貴族令嬢とは思えない。
「ルベール嬢、ダメですよ! もし暴れていることがっ、きゃぁっ!」
小柄なモンクレルテ子爵令嬢はあっさりルベール侯爵令嬢に突き飛ばされ、わたくしがその体をキャッチして支えることになる。
「暴力なんて見苦しいですわよ」
「はっ! あんたは私に言葉の暴力を振るったでしょうが!」
「ええそうよ。あなたが食べ物を粗末にしたから、許せなかったの。人の顔にマカロンをぶつけるなんて。パティシエに失礼だわ! あなた、謝罪なさいよ」
わたくしの言葉にルベール侯爵令嬢はつり目をさらにつり上げる。
「はぁっ!? 私は侯爵令嬢よ! パティシエごときに頭なんて下げないわ! それにあなた、おかしいんじゃない? マカロンをぶつけられたことより、パティシエのことを気にするなんて!」
「謝罪されないなら、二度と宮殿付きのパティシエの作ったスイーツを食べないことね。あなたにその資格はありません」
「さっきから、たかがマカロンをぶつけたくらいで、偉そうにして!」
そう言ったと思ったら、ルベール侯爵令嬢は床に転がっていたマカロンを踏みつぶした。
これには限界だった。
マカロンの生地、クリームを作るために、泡立て器でどれだけかき混ぜるのか。ルベール侯爵令嬢は料理もスイーツ作りもしたことなどないのだろう。腕が棒になるぐらい大変であることを、彼女は知らない。
だからこそできるのだろう。
パティシエが心を込めて作ったマカロンを人に投げつけた挙句、靴で踏みつぶすなんてことが。
「あなたのやったことはパティシエへの冒涜です」
「はぁ!? さっきからパティシエ、パティシエとうるさいわね! あなたの恋人なのかしら? 元公爵令嬢のくせに、平民のパティシエとお付き合いですか? うがっ」
ルベール侯爵令嬢の頬を左右の手で思いっきりつねりあげる。
「はひするのよ! ふぁなしなひぃ!」
もがきながらルベール侯爵令嬢が手を振り回し、足まで動かして暴れていた。わたくしはそれを避けながらピシャリと告げる。
「はなして欲しいなら、暴れるのをおやめなさい」
「ふるひゃい!」
さらに暴れるも身長はわたくしの方があったのと、モンクレルテ子爵令嬢も背後から羽交い締めにしてくれたので、ついにルベール侯爵令嬢が根を上げた。
「……信じられないわ! 女性の顔をつねるなんて! 悪魔! 鬼畜! 変質者!」
頬に手を添えながら、ルベール侯爵令嬢は目だけではなく、眉もつりあげている。
「この際、ハッキリさせましょう、ルベール嬢。あなたがわたくしを目の敵にしているのは分かっています。わたくしに対し、暴言を吐くのは構いません。ですが無関係な方に迷惑をかけるようなことはしないでくださいます?」
「はぁぁぁぁぁ! 何様のつもりよ!」
そこでわたくしは大きく息を吸い、瞳を細め、指でルベール嬢の肩をトンと押す。
「……こちらが下手に出ているのをいいことに、なんですか、その態度は」
腹の底から出す声には凄みがある。しかも普段からは想像しないほどの低い声。それだけでルベール嬢の顔がひきつり、急にだんまりになる。
「ルベール嬢。あなたとわたくし、過去に何の接点もないと思うのですが、どうして目の敵にするのかしら? 理由も分からず、あなたに嫌がらせされても、永遠の平行線よ。わたくしは一生あなたのことを理解できない。ただただ、あなたの性格の悪さにウンザリするだけですわよ? それでいいのかしら?」
ルベール嬢はわたくしの言葉にわなわなと震え、「いいわけがありませんわ……」と小声でささやく。
「では理由を聞かせていただけるかしら? わたくしを目の敵にするその理由を」
するとルベール嬢は唇を噛み締め、上目遣いでわたくしを睨み、そしてゆっくり口を開く。
「……あなたというより、あなたの父親が……テレンス元公爵に恨みがあるのよ!」
この一言には「ああ、そうなのですね……」と思うしかない。そもそもコルネ嬢との縁ができたのも。父親を恨むハンス一家がきっかけだった。
一家離散となり、父親は収監されていても、わたくしがテレンス元公爵の娘であることに変わりはない。そしてたとえ父親が家族を裏切り犯した罪であっても。娘である限り、一生その罪はわたくしについて回る。
(そこから逃げるなら、それこそ国外にでも行くしかないわ)
でも国外へ行ったら行ったで、なぜここにいるのかと問われる。そこで嘘をつき、偽りの人生を生きるのか。
(わたくしは……わたくしという人間を否定したくない。ゆえに父親を恨み、娘であるわたくしも憎いというのなら……)
「分かりましたわ、ルベール嬢。あなたはわたくしの父親により、何かひどい目に遭った。だからわたくしを恨んでいる。そんな気持ちにさせてしまったこと。申し訳なく思いますわ。でもいつまでもその気持ちを引きずるのは、あなたのためにならないわ。ここで全てを吐き出し、その怒りをわたくしにぶつけ、前に進んだ方がいいですわよ」
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