願いを込めて
「コルネ伯爵、お手紙が届いています」
朝食を終え、自室へ戻ると、メイドから手紙を渡された。こんな時間に届く手紙、それは外部からのものではない。
(誰かしら? いつも会うメンバーは手紙なんてわざわざ送ってこないだろうし……)
そう思いながら封筒を裏返し、差出人の名を確認する。そこに書かれている名前、それは鍛冶職人のダイアンだった。
『コルネ伯爵へ
昨日は薬草リキュールとシャンパンをありがとうございます。ミハイルと一緒に、美味しくいただいたよ。その御礼と報告したいことがある。もしどこかのタイミングで時間を作れたら工房へ来れないか? もしくは部屋へお邪魔しても……いいかな?
ダイアン』
どうやら薬草リキュールとシャンパンの御礼を伝えたいらしい。そこで侍女に改めて今日の予定を確認する。
「本日は終日、王太子妃教育です。ティータイムにはレグルス王太子殿下がいらっしゃいます。その殿下はティータイムまで、外出です。夜はボンド王国の大使夫妻主催の大使館での晩餐会へ、陛下の名代として殿下と参席です」
レグルス王太子殿下の昼間の外出、それは男性限定の社交を目的したクラブへの招待だが、実際は非公式の他国の有力貴族との会談だった。
「ダイアンだって今日も仕事だろうから、そうなると……昼食をダイアンと一緒にとろうかしら?」
「かしこまりました。ではダイアン様にその旨、お伝えするようにしますね。料理人も伝えておきます」
「ええ、頼んだわ」
侍女と入れ替わりで、語学の家庭教師が部屋へと入って来た。私は深呼吸をして、気を引き締める。
(さあ、今日も一日、頑張るわよ!)
◇
ダイアンと共に食べる昼食。
ざっくばらんなものがいいだろう。
宮殿には個室にも近い、少人数向けのダイニングルームがある。壁紙やマントルピースに黄金が使われており、実にゴージャスだ。その黄金の飾りにダイアンが作ったものが含まれていたりするが、そういう豪華絢爛な部屋は「落ち着かない」というのがみんなの声だった。
そこで温室に特別に席をもうけてもらい、そこでダイアンと二人きりに近い状態で、昼食をとることにした。
その温室は中庭にある。中庭は警備兵もいるが、それはあくまで外。温室の出入口は護衛の騎士がいるが、中までは入ってこない。そして温室の中には給仕のためにメイドが出入りするが、基本はダイアンと私が寛ぎながら食事ができる。
ゆえにダイアンには特別に着替える必要はなく、作業着のエプロンを外した姿で構わないと伝えたのだけど……
温室へやって来たダイアンは、ボルドー色の小花が散ったワンピース姿。しかも眉を整え、薄く口紅も塗っている。
(私との昼食のためにオシャレしてくれたのかしら?)
そんなことを思いながら着席すると、早速前菜が運ばれてくる。
白ワインビネガーとオリーブオイルでマリネされ、乾燥ハーブが散らされた白アスパラガスは旬のもの。春の到来を感じさせる一品で、ダイアンの瞳も輝く。
「コルネ伯爵、食事の前に改めて御礼を言わせておくれ。昨日は薬草リキュールとシャンパン、ありがとう。そして今日の午前中、少し手が空いたから、以前相談されていたものを作ってみたよ」
「ありがとう! さすがだわ、仕事が早いわね」
ダイアンが作ってくれたのは、シャンパンストッパー!
この世界にはゴムもステンレスもないが、ダイアンは鍛鉄と布を使い、酸化防止で錫引きコーディングを施したシャンパンストッパーを作ってくれたのだ。
(これでレグルス王太子殿下がシャンパンを飲み、私が果実水でも、殿下は最後まで美味しくシャンパンを楽しめるわ)
まだお酒が飲める年齢ではない私とレグルス王太子殿下が食事をして、彼がシャンパンを飲んだ時。少しでもシャンパンの美味しさを維持できればと思い、ダイアンに作ってもらえないか頼んでいたのだ。
「今度、殿下に実際に使い心地を確認してもらい、晩餐会などでも利用が決まったら、ある程度量産はお願いできるのかしら?」
しばらくはシャンパンストッパーについて話したが、若鶏のローストが登場したところで、その件は終了。するとダイアンが改まった様子で口を開く。
「コルネ伯爵に一足先に報告したいことがあるんだ」
「ええ、そうだったわね、報告。何かしら……?」
「実は私、ミハイルと……宮廷医であるボルチモア先生と結婚することになってさ……!」
これには前世のノリで「えええええっ、本当に!」と声を上げそうになり、なんとか抑えた。王太子の婚約者として、ここはお淑やかにしないと! 深呼吸をしてから、ダイアンに尋ねる。
「驚いたわ。でも……二人は幼なじみで、気心の知れた関係に見えた。きっとお互いを尊重し、大切に想うことが出来る二人だと思っていたわ。でもまさか今日、こんな報告を受けるとは思わず……。びっくりしてしまったけど、心から祝福するわ! おめでとう、ダイアンさん!」
私の言葉にダイアンは頬を赤く染め「ありがとうございます、コルネ伯爵!」と、どんな経緯で結婚を決意するに至ったかを話して聞かせてくれた。
「なるほど。初めてお酒を飲んでボルチモア先生もリラックスできて、普段言えないことを言えたのかもしれないわ。そして幼なじみというのは、一緒にいることが当たり前すぎて、なかなか恋愛関係に発展しないと聞くけれど……。ダイアンさんの場合、結婚が話題に出たことで、自然とその気持ちにお互いが気づくことが出来たのでしょうね。とにかくおめでたいことです!」
「ありがとうございます! コルネ伯爵が、薬草リキュールとシャンパンをプレゼントしてくれたおかげもあると思う。このリキュールとシャンパンがあったから、普段飲まないミハイルも、飲んでみようという気持ちになったんじゃないかな。酔ってリラックスできて、本音を口にできたのかもしれないよ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。二人のキューピッドになれたのね」
レグルス王太子殿下の侍女となった際、沢山の仲間ができた。その仲間たちには、一人でも多く幸せになって欲しい――そんな気持ちがある。
まさにその第一号とも言える形で、ダイアンと宮廷医ボルチモアが結ばれることになるのだ。
(末永く幸せになってほしいわ!)
春の足音は、すぐそこまで迫ってきていた。
長かった冬が終わり、命輝く春が到来する。
これから迎える新たな季節。
幸せなニュースが沢山飛び込んできますように。
ダイアンの笑顔を見ながら、心の中で願いを込めた。
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公爵令嬢の話、この三連休でようやくまとまりました。
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『悪役令嬢は死ぬことにした』
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