だって人間だから
医科アカデミーを卒業するための試験。
この試験に受かることで、医師としても認められるのだ。合格は必須、合格するまで卒業できない。絶対に受かる必要があり、宮廷医になるためにも合格しなければならないのだ。
そのためにすべきことはただ一つ。
試験勉強を毎日欠かさずすることだ。
それなのに……。
「ミハイル? こんなところで何をしているのさ?」
鍛冶工房では毎日火を使う。
よって薪置き場には大量の薪が用意されているのだ。日中、鍛冶職人の見習いたちが、薪割りを行う。夕方になると彼らの姿はなく、大量の薪が残され、人はいなくなる。その薪置き場にはベンチが置かれ、薪割りの最中に休息できるようになっていた。夕食後、みんな部屋に戻り、寝る前の自由時間を楽しむ。僕はその時間も勉強をする必要があったが、部屋を抜け出し、この薪置き場のベンチに座り……。
夜空を見上げていた。
誰も来ないと思ったのに、ダイアンが来て、僕を見つけ、「ミハイル? こんなところで何をしているのさ?」と尋ねたのだ。
「えーと……その……星を見ていた」
「そうかい。そうだね。そろそろ流星群が見える時期だから。夜空を見上げたくなる気持ち、分かるよ」
ダイアンはそう言うと、僕の隣に腰を下ろした。
僕はてっきり「卒業試験が近いんだろう? こんなところでぼーっとしていていいのかい?」と言われると思っていたが。ダイアンは隣に座ると、そのまま星を眺める。
「私はさ、星のことなんてよく分からない。でもミハイルは星についても詳しいだろう? それでこうやって指さして、あの星の名前はロクサーで、そっちの星はレンターで……って教えてくれる。しかも星が誕生した神話も教えてくれてさ。ミハイルはすごいよ。子どもの頃からずっと。頭がいいし、頭の回転も速くて。同じ人間とは思えなかったよ!」
ダイアンに突然褒められ、僕はドキドキしていた。
「でもさ、いくら頭がよくても一緒なんだよ。ミハイルだって欠伸もすれば、おならもする。そうだろう?」
「!? う、うん。そうだね」
頷きながらも思う。
(ダイアンは何を言いたいのだろう……?)
「鍛冶場の作業はさ、一旦集中したら、何時間も熱中することになる。でも、その何時間も永遠ではない。急に空腹を覚えたり、尿意を感じたり。そこで集中の糸が急に切れることがある。休憩して作業を再開したら、どうもうまく行かない。そうなると……サボりたくなる」
「!」
「そんな時、じいちゃんがね、集中を高めるための飴玉を用意してくれるんだよ」
飴玉……蜂蜜で作った飴で、ダイアンのおじいさんは丸とか三角とか四角とか、いろいろな形の飴を用意していた。その飴は二つ折りされた紙の上に載せられており、貰うには紙に書かれている作業を行う必要があったのだ。
「紙に書かれている作業は、難しいことではない。鍛冶職人の見習いでもするような作業さ。ハンマー打ち、焼入れや焼戻し、工具の研ぎ直し、金床の清掃なんかもある。どれも短時間でパッパッとできるもの。それをやっているとさ、なんか集中力が戻って来るんだよ」
「そうなのか……」
ダイアンは頷き、そして伸びをする。
「さーて、と。そろそろいい頃合いだ。私は工房に戻るよ」
そこで伸びをしたダイアンが立ち上がるので、僕は驚いて尋ねる。
「!? ダイアン、今日の仕事、終わったんじゃないの?」
「それがさ、少し急ぎなんだけど、難易度の高い作業があって。これがなかなか集中できなくてさ~。それで二十分集中して作業して、五分ぐらい休憩。それでまた作業を再開させる。それを四回ぐらいやったら、少し長めの休憩をとるようにしているんだよ」
「……そうなんだ。さっきの話もそうだけど、ダイアンも作業に集中できなくて困ることがあるんだ」
ダイアンはまさに職人肌で、没頭し、集中して作業をしているイメージが強かった。でも今の会話から分かった。ダイアンだって集中できず、いろいろ工夫をしているのだと。
「人間だからさ、頭の中空っぽにはできないだろう。いろいろ余計なことだって考えちまう。ミハイルだってそうじゃないか? でもそれが普通なんだよ。人間なんだからそれが正解。……とりあえず冷えるから、あまり長居しないで、部屋に戻りなよ。じゃあ、おやすみ!」
「う、うん! おやすみ、ダイアン!」
何と言うか、ダイアンの言葉は目から鱗が落ちるだった。
ダイアンを見送ると、僕もすぐ部屋に戻り、早速やるべきことを紙に書き出す。それを切り分けて折り畳み、ガラス瓶にいれ、一枚を取り出す。
『数学の証明を一つ、片づける』
これなら三十分程度でできてしまう。それが終わったらダイアンみたいに五分休憩しよう。
不思議だった。
この方法で勉強を始めると、集中してできるようになったのだ。
時に顔に煤をつけ、額に汗をかいて頑張るダイアン。ダイアンも今頃、頑張っているんだと思うと……。
僕もやるんだ!と思えたのだ。
こうして僕は医科アカデミーの卒業試験も見事、合格。父親の見習いとして数年働き、そして宮廷医として独り立ちをしたのだ。
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