何だかデジャヴを覚える
レグルス王太子殿下の寝室から、共に退出することになった医師、それはただの医師ではない。王族専属の宮廷医で、私は初めましての方だった。
ホワイティア先生は年配の医師だが、宮廷医はブルネットの長髪で、黒曜石のような瞳をしていた。目元が涼しげに感じる若い青年であり、医科アカデミーを卒業したばかりぐらいに見える。
「あの、私は第二王女付きの侍女で、アンジェリカ・リリー・コルネと申します。コルネ侯爵家の三女です」
「初めまして、コルネ嬢。わたしはミハイル・ボルチモア、宮廷医としてアトリア王家に代々仕えているボルチモア家の次男です。父親が引退したばかりで、まだ駆け出しの若造ですが、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
並んで歩き出し、途中まで一緒と分かっているので、私は尋ねる。
「レグルス王太子殿下がお飲みになるお薬、もしかして苦いのでしょうか?」
私の問いに宮廷医ボルチモアは「おやっ」という表情になる。
「よく分かりましたね」
「あ、その……化膿止めのお薬は、私も飲んだことがありますが、苦かった記憶がありまして」
「なるほど。おっしゃる通りで、化膿止めの薬は苦いです。ですがレグルス王太子殿下は顔色一つ変えずに飲まれています。殿下は幼少期より、剣術から始まり、槍、弓、そして馬術の訓練もされており、どうしても最初はあちこちに傷を創られていました。そのため化膿止めは、昔からお飲みになっていますが……父上によると、一度たりとも苦いと言ったり、飲みたくないと言ったりしたことはないとか。大人でも嫌がる薬なのに、殿下はさすがです」
その言葉を聞いた私は、レグルス王太子殿下が幼い頃より我慢していると分かり、不憫に思えてしまう。そして助けたい気持ちになっていた。
「あの、その薬は粉末なのですか?」
「ええ。そうですよ」
「熱に弱い性質があったりしますか?」
「それはないですよ」
「あの……これは殿下のため、というより、多くの化膿止めを飲むみなさんのために思いついたことがあるんですが……」
私が思いついたことを話すと、宮廷医ボルチモアは驚きつつも、こう応じる。
「それは試してみる価値はあります。殿下は大丈夫ですが、王妃殿下や王女殿下たちも、化膿止めを飲む機会はゼロではありません。その度に苦いとはおっしゃっていたので」
「そうですか。実は私、明日は休みなんです。よかったら明日、試してみませんか?」
「明日ですか……厨房をお借りすることになりますよね。15時であればティータイムの用意も終わり、厨房をお借りできそうです。でもそうなるとコルネ嬢は、ティータイムを楽しめませんが、大丈夫ですか?」
(宮廷医ボルチモアは気遣いの人だわ!)
「私は明日、一日休みですから、そこは気にしないでください。むしろボルチモア先生こそティータイムなのに、よろしいのですか?」
「ええ、構いません。ではその時間ということで、厨房のスタッフには話をしておきます。ついでに必要となる材料も用意してもらいましょう。パティシエも同席してもらいますか?」
「ありがとうございます。実際の作業は私で出来ると思いますが、もし可能ならパティシエの方にも同席頂けると心強いです」
私の言葉に宮廷医ボルチモアは「殿下のためだと分かれば喜んで同席しますよ」と応じる。
その様子を見るに、彼もそうだが、パティシエも、氷の王太子と彼を恐れているわけではないのだと理解出来た。
「では、こちらで失礼させていただきますね」
宮廷医ポルチモアがお辞儀をしてくれる。
「はい! では明日、十五時に厨房でよろしくお願いします」
私もお辞儀をして、宮廷医ボルチモアと別れ、第二王女の部屋へ向かった。
◇
翌日。
十五時に厨房に向かうと、そこには宮廷医ボルチモアとパティシエに加え、料理人数名もいるので、ビックリしてしまう。
苦い薬を飲みやすくするため、ではあるが、それを実際に試すのが、レグルス王太子殿下。それが分かると、協力したいと集まってくれた人々だと言う。
(ホワイティア先生の言う通りで、レグルス王太子殿下を信奉する人は、確かに一定数いるのだわ。他人に厳しいが、自分にも厳しい王太子。でも自分が認めた相手には礼を尽くす。きっとここにいる人たちも、レグルス王太子殿下と何らかの関わりがあり、彼のファンになった人たちに違いないわね)
そんな彼らだったから、いろいろ協力してくれる。そして試行錯誤で諸々調整して、それは完成した。
「ではこれは氷室で冷やし、夕食前の服用で殿下にお待ちしてみます」
「はい! ぜひそうなさってみてください。うまくいくといいのですが……」
「きっと上手く行きますよ! 大丈夫です!」
宮廷医ボルチモアが請け負ってくれるので、ここは一安心。その場にいたみんなも「これは名案だと思う」「王妃殿下や王女殿下たちも喜びそうだ」と口々に言ってくれる。
これに安堵し、私は部屋に戻った。そこでティータイムをスキップしたため、小腹が減っていることに気がつく。
(そんな時は……!)
部屋に常備しているビスコッティをボリボリと齧っていると、扉がノックされる。
「コルネ嬢、レグルス王太子殿下がお呼びです」
(ううん!? この展開、何だかデジャヴを覚えるんですけど!?)
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