新参者は
「あの人、公爵令嬢だったのよ」
「え、公爵令嬢!? 嘘でしょう? なんで公爵令嬢が修道院にいるの? 年齢だってまだ若いわよね? しかもすごい美人よ」
「理由は分からないわ。何せこの修道院は世俗から切り離されているでしょう? 流行り病や戦争が起きれば知らされるけど、それ以外は……。もしかするととんでもない悪女かもしれないわ。例えば自身の父親を毒殺しようとしたか」
「まあ、それは恐ろしいわ! でも昔いたのよね、父親を毒殺し、死刑になった令嬢が」
修道院とは主に仕え、清貧で、心優しい人ばかりが集まっている。修道女は清廉な者が多いと勝手にイメージしていた。実態はこの通り。娯楽もないので新参者は根掘り葉掘り探られ、あることないことが噂となり、まことしやかに語られる。
クーシュケット修道院でのわたくしのあだ名は「稀代の悪女」。何も知らずにつけられたこの呼び名に、反論する気持ちにはなれなかった。しかしわたくしが何も言わないので、尾びれ背びれがついた噂がさらに広まる。
「実の父親とまぐわった悪魔憑きらしいわ」
「王太子殿下を殺そうとしたらしいわよ、お茶会の席で」
「殿下の婚約者に嫉妬し、火あぶりにしようとしたとか」
微妙に事実と嘘を織り交ぜ、皆、好き勝手にわたくしのことを噂する。
(この修道院に死ぬまでいなければならないのかしら)
ため息が出そうになるが、こんな噂も長くは続かない。わたくしは何を言われても相手にしないし、いずれ新しい何かしでかした女性がやってくる。そうなれば関心はそちらへ移るだろう。しばらく我慢すれば……。
「まあ、ごめんあそばせ」
「あら、雑巾臭くなってしまったわね」
「それならそのまま洗濯をお願いできる? ほら!」
外の世界では男爵令嬢だったオルリック嬢は、この修道院では三年目。侍女のように彼女に付き従う女も三人にいて、新人いびりがお楽しみのようだ。床掃除に使った汚れたバケツの水をいきなりわたくしに浴びせたのだけど――。
「ええ、喜んでお洗濯しますわ!」
そう言ってオルリック嬢に抱きつくと「やめて! 臭い! やだ! 私も臭くなったわ!」とわたくしを突き飛ばす。そこで今度はわたくしがオルリック嬢の頬を平手打ちする。
「手伝いなさい。この量を一人でできるわけがないでしょう!」
使用人を問答無用で従わせる、圧のこもった口調と声に、オルリック嬢は怯む。しかも平手打ちなんてされたことがないので呆然としていた。
「……わ、分かりました……」
何が起きたか分からず、返事をしているオルリック嬢は……。この日以降、わたくしにつきまとう。まるで侍女のように勝手にわたくしへ仕えるようになった。
◇
気づけば三か月近く経ち、新しい悪女も登場し、わたくしの噂もすっかり沈静化していた。
その一方で春は近いがまだ寒さは厳しい。石造りの修道院はとにかく寒かった。
「ルイーザ様。父親を脅したら、羊毛の靴下を送ってくれました。どうぞお使いください」
「……オルリック嬢、脅すなんてしないで、普通に頼みなさいよ……。でも、プレゼントは有難く受け取る主義なの。ありがとう」
オルリック嬢から受け取った羊毛の靴下を履くと、とても暖かい。だがデザイン性はなく、これを履くだけで野暮ったくなる。グレーの丈の長い修道服を着ているので、足元は目立たない。しかし裾をめくりあげ、この靴下が見えたら……。
(とても元公爵令嬢には見えないわね)
手入れをしていない肌はガサガサだし、髪だってぼさぼさ。ドレスも着ないので、体全体が型崩れを起こし始めている気がする。
(どうせ結婚もしないのだから、見た目を気にしても仕方ないわ)
そんなことを思っていたら、修道長から呼び出される。
「明日、来客があります。大変高貴な身分の方です。これから明日にかけ、身支度を整えてもらいます。髪と爪を切り、今晩は入浴を許可しますので、全身を清めなさい」
こう言われたわたくしはビックリだった。
この修道院は家族と親族との面会しか認めず、しかもそれは女性限定。テレンス公爵の名は地に堕ち、既に爵位もない。この修道院に入ってから、わたくしを訪ねて来た者はゼロだった。
(母親は祖父の領地に引きこもっているというし、一体誰が訪ねて来るというの……?)
わたくしが公爵令嬢だった頃、オルリック嬢のように、わたくしに気に入られようとする令嬢は何人もいた。でもわたくしの父親が逮捕されると同時に、連絡は途絶えている。
(もしや元侍女やメイドかしら?)
そんなことを考えながら、言われた通り、身支度を整える。三か月ぶりに入浴し、髪も洗い、翌日を迎えた。
グレーの修道服に、足元にはあの羊毛の靴下を履きたかったが、修道長から「見苦しい。脱ぎなさい」と言われてしまう。石造りの建物特有の、足元からせりあがるような寒さに耐えながら、面会室へと向かうと――。
「テレンス嬢、お久しぶりです」
そこには愛らしさが増した小動物がいた。
お読みいただき、ありがとうございます!
【併読されている読者様へ】
のんびり楽しむ週末ミステリー
『悪女転生~父親殺しの毒殺犯にはなりません~』
https://ncode.syosetu.com/n2796kp/
数話で完結する【事件簿】シリーズ「碧色は死を招く色(1)」が本日よりスタート!
土日に各1話ずつ、ゆったり更新していきます。
ページ下部のバナーからお楽しみくださいませ☆彡






















































