思い当たること
(レグルス王太子殿下が考えていたことが……私には聞こえていたのだわ……!)
この世界に魔法なんて存在しない。
だが私には一つ、思い当たることがあった。
誰にも話していないが、実は私、前世のことを覚えている。
つまりは転生者。
この世界に転生する前の私は日本人で、実家は代々神社の神主を務めていた。神主である父親からは「我が一族には神力がある。かつてはこの神力で人々の心を読み、その願いを神に伝える役目を果たしていた。だが年々その力は薄れ……。大勢の心を読むことはできなくなってしまった。だが自分の人生に大きく関わる相手の心は……不思議と読むことができる。父さんは母さんの心を読めた。そこで高嶺の花だった母さんと結婚できんだ」と聞いた時は「はっ! 何、神力って! あり得ない。非現実的で、非科学的過ぎる」と一笑だったのだけど……。
まさかの転生してから父親の話を信じる事態になってしまった。我が家に代々伝わる神力は本当だったのだわ、と。
前世では発現することのなかった神力。
だが私は確かに父親の言っていた神力を持つ血筋の人間であり、転生してもそれは変わらなかったようだ。
(でもどうしてここにきて急に発現したのかしら?)
だがよくよく考えると、火事場の馬鹿力という言葉が前世ではあったが、それに近いのではないかと思えた。
前世では平和に生きており、命の危険を感じるような事態に遭遇することはなかった。だがもし何かとんでもないピンチに直面していたら……。もしくは父親のように、強い願いを持つことがあったならば。私も前世で神力が発現したかもしれない。だがそんなことはなく、生を終え、そして今日。私は前世でも経験していない命の危機に瀕した。しかもそれは病気などではなく、他者から命を奪われそうになるという異常事態だ。
(このまま死ぬわけにはいかないと、底力で神力が発現したのではないかしら?)
前世で読んだ漫画やアニメでも、主人公が真の力に目覚めるのも、危機的な状況の中だったと思う。
ということで私は神力により、レグルス王太子殿下の心を読めるようになってしまった。
(でもなぜレグルス王太子殿下なの?)
父親は『自分の人生に大きく関わることになる相手』の心が読めるようになると言っていたが、私とレグルス王太子殿下が今以上に関わることなんてないと思うのだ。たまたま暗殺未遂現場に居合わせ、レグルス王太子殿下を助けた。助けたが、私も助けられている。お互いに御礼の気持ちを伝え、レグルス王太子殿下はその立場から褒賞まで授けてくれた。私はそれを有難く受け取ることにしたし……これにて終了のはず。
父親は結局、神力により心が読めた相手は、後にも先にも母親だけだったと言っている。しかも母親と結婚したら、その神力も消えてしまったと言っていたのだ。
(せっかく発現した神力なのに。今日限りで接点を持ったレグルス王太子殿下で発現では、意味がないわ……!)
《どうしたのだろう。なんだか考え込んだ表情をしている。もしや100万ゴールドでは足りなかったのでは!? 令嬢のドレスや宝飾品は値が張るという。100万ゴールドごときでは、大したものが手に入らないのだろう。だが遠慮して100万ゴールドでいいと言ったのではないか? ここは300万ゴールドと言うべきだった》
聞こえてきたレグルス王太子殿下の心の声に、ビックリしてしまう。100万ゴールドあれば、オーダーメイドでちゃんとドレスは一着仕立てられる。宝飾品はピンキリだが、100万ゴールドあれば、相応のものが手に入るのだ。それに300万ゴールドなんて、私の年間給金と同じようなもの!
ちなみに宮殿で働く侍女は住み込みになるが、家賃負担ゼロ、光熱費ゼロ、食費もゼロで済んでいる。しかも毎月の身支度代として、給金とは別に5万ゴールドも支払われているのだ。正直、前世の感覚からしたら、かなりの好待遇だった。
(それはさておき、私は不満などないこと、ちゃんと伝えないといけないわ!)
そう思い、口を開こうとしたら、扉がノックされ「殿下、お薬の時間です」という声が聞こえる。
これにはすぐにスコット筆頭補佐官が応じ、扉が開けられ、医師が薬を載せたトレイを手に部屋に入って来た。怪我をしているので痛み止めや化膿止めなど薬を飲む必要があるのだろう。
その時だった。
《……薬の時間か。この薬、苦くて嫌なんだが……》
レグルス王太子殿下の心の声が聞こえてくる。
だが実際、彼が発している言葉は……。
「ありがとう。もうそんな時間か。そこに置いてくれ。すぐに飲む」
(本当は苦手な薬なのに!)
「では殿下、コルネ嬢の件はこれでよろしいですよね?」
「いや、褒賞は」
「褒賞は100万ゴールドもいただけて本当にありがたいです。まさに欲しかった宝飾品を買えます。本当にありがとうございました」
私はこれ以上褒賞を増やされないよう、お辞儀をしてしまう。
(もしも私が暗殺者を倒したなら、300万ゴールドでも妥当かもしれない。でも私がしたのは暗殺者の気を逸らしただけだ。300万ゴールドなんて貰えないわ)
「……分かりました。ではすぐに用意させます。今日はありがとうございます。下がっていただいて問題ないです」
レグルス王太子殿下はそう私に告げているが、心の中では……。
《……不思議な令嬢だ。本当にわたしの気持ちが分かっているかのように思える。もう少し話したかった……》
彼の本音にクスッとしてしまう。
(噂とは違い、本音では感情豊かで、ものすごい気遣いの人だわ!)
こうして私は、薬を載せたトレイをサイドテーブルに置いた医師と共に、寝室から退出となった。
お読みいただき、ありがとうございます!
今日限りの接点と思いきや……!?
次話『何だかデジャヴを覚える』は明日の20時頃公開予定です!
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