命の重み
私が膝を擦りむいたぐらいで、責任うんぬんを考えるレグルス王太子殿下にビックリしてしまう。
「本当にちょっとした擦り傷で、大したことはありません! 責任を感じる必要もないんです。私が勝手に転んだだけですから。それに正直、私の行動は……あまり役に立ったとは思えません。ですからそんなにお……」
「「そんなことはありません!」」
レグルス王太子殿下とスコット筆頭補佐官の声が揃った。
「君のことを傷物にしてしまいました」
「いえ、殿下のせいではありません。それに傷物……と言われるほどの傷ではないですから! そ、それに責任を取ると言うなら……明日は一日お休みにしていただければ」
「!? そんなことでいいのですか!?」
「はいっ、それで十分です!」
「なんて無欲なんだ……! そんなふうに言われたら……」
感情はないが、真剣な表情になった美貌のレグルス王太子殿下は、こんなことを言い出す。
「スコット、コルネ嬢の給金は?」
「月額25万ゴールドです。相場に比べると7万ゴールドほど高めですが……あ、来月は20万ゴールドになっていますね。えーと紙の代金? 紙の代金を差し引くと書かれています」
驚いたのはスコット筆頭補佐官が、侍女の給金管理帳を持参していたことだ。
「紙というのは……まさか今日、散乱させた紙の料金を彼女に請求するということだろうか」
「えーと、はい。そうですね。侍女長の名で追記されています。紙は高価ですからね」
「スコット」
「はい」
「わたしの命は、紙より軽いのか?」
レグルス王太子殿下の声は、怒っているわけではない。だが氷点下のような冷たさを感じる。
「で、殿下!?」
スコット筆頭補佐官の顔が引きつる。
「わたしを助けるために、5万ゴールド分の紙が使われた。それを出し惜しみするのか? それどころか命の恩人に請求するというのか?」
決して感情を爆発させているわけではない。むしろ冴え冴えとした声だった。しかしそれで寝室の空気が凍り付く。
「あ、いえ……はい。そうですね。それは……おかしな話です、殿下」
「ではスコット、自分が何をするべきか分かっているか?」
「はい。今すぐ侍女長に注意を行い、コルネ嬢に正しい給金を払うよう命じます」
これで解決と思ったが、レグルス王太子殿下が片眉をくいっと上げる。するとスコット筆頭補佐官が慌てて付け足す。
「正しい給金に加え、今回の勇気を称え、さらに一か月分の給金の上乗せを」
「わたしの命を助けて、25万ゴールドの褒賞か?」
「……いえ、100万ゴールドの褒賞を」
「いいだろう。わたしの命を助けた対価として妥当だ。その褒賞はわたしの個人資産から出しておくように」
私はもう口をぽかーんと開けたままこのやりとりを聞くことしかできなかった。
レグルス王太子殿下は決して声を荒げたりしないが、醸し出す空気がとにかく冷え冷えとして、それが彼の怒りであると伝わって来た。私に紙代が請求されることを理不尽と感じ、それをやめさせ、さらに100万ゴールドも褒賞としてくれるなんて……!
(しかも個人資産、つまりはポケットマネーから出す、だなんて)
「これで満足してもらえただろうか。彼女は今日、初めて殺されかけたのだ。暗殺者とは無縁で生きてきただろうに。わたしのせいで本当に怖い思いをさせてしまった。100万ゴールド程度で、許してもらえるのか……」
レグルス王太子殿下がしないでいい心配をしているので、こう伝えることになる。
「許すも何も、殿下は何も悪くありません! 100万ゴールドも本当はいただくわけにはいきません。でもこれは殿下が厚意として示したい気持ちなのだということも分かります。受け取らないことで、殿下に恥をかかせるのは本望ではありません。よって有難く褒賞として受け取ります。ありがとうございます」
スコット筆頭補佐官が安堵の表情になり、レグルス王太子殿下も「よかった。彼女の寛容な性格に救われた」と、顔は変わらず無表情だが、呟く言葉に安心している様子が伝わってくる。
「それにしてもコルネ嬢は不思議な令嬢だ。まるでわたしの心を読んだかのような反応を示す」
そこでレグルス王太子殿下の、星空のような美しい紺碧色の瞳と目が合い、私はフリーズする。
(今、「まるでわたしの心を読んだかのような反応を示す」と言っていたわ。これって……これって)
ドキドキと鼓動が早まるが、言われた言葉に思い当たることがあった。
レグルス王太子殿下が普通にしゃべっていたと思ったこと。それは……違う。私に対し、敬語を使っている時。それは本当に私に向け言葉として発せられたもの。でもくだけた話し方をレグルス王太子殿下がしていた時は……。
(あれは彼が声を出して発した言葉ではないわ!)
まさに本人が言っていた通り、心の中で思ったこと。
(レグルス王太子殿下が心の中で考えていたことが……私には聞こえていたのだわ……!)
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次話『思い当たること』をお楽しみに!
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