ご希望は?
「まずは入浴して、髪も体も清め、それからドレスを着て行きましょう!」
「は、はいっ、よろしくお願いします!」
今日は、王家主催の秋の舞踏会の日だった。
つまりは粉薬を飲みやすくするために奮闘した宮廷医、料理人やパティシエのみんな、羽根ペンと算盤の普及のために尽力中の職人の皆様、そしてそれらにいろいろ絡む私を含め、頑張る人々が主役となる舞踏会が行われる日だ。
この日、私の仕事はティータイムで終了。そして舞踏会に出席するための準備となった。そしてその準備を手伝ってくれるのは、何と王宮付きのメイドの皆様。
なんで侍女の私に王宮付きのメイドが何人もついて手伝ってくれるのかというと……。
事の発端はあの日に遡る。
そう、あの日。
火災の翌日、目覚めた私はレグルス王太子殿下とティータイムの時間に軽食を楽しんだ。その席で私は窮地から救ってくれた彼に御礼の気持ちを伝えた。ただ、言葉だけで足りない。私が何かできることがないか、それを問うたのだ。
『……何か、殿下の方でご希望はありますか?』
『あります。申し上げても良いでしょうか?』
そこでレグルス王太子殿下が口にしたのはこれ!
『明後日行われる舞踏会のこと、忘れてはいませんよね?』
問われた時はすっかり忘れていたが、そこは『勿論、覚えています!』と私は答えた。するとレグルス王太子殿下はいつも通り、表情を変えずにとんでもないことを言い出したのだ。
『その舞踏会に、父上……国王陛下からは婚約者の最有力候補になっている令嬢を同伴するようにと言われていました。その令嬢とは、家格からしてテレンス公爵令嬢だったのです。ですがご存知の通り、今回の事件が起き、とてもエスコートすることはできません。他の候補者は侯爵令嬢が二人、伯爵令嬢が二人です。彼女たちの中から選び直そうとも考えたのですが、侯爵家の令嬢は二人とも「急過ぎて、心の準備ができていない」と。では二人の伯爵令嬢に声をかければいいのかというと、そうもいきません。侯爵令嬢が候補者としているのに、伯爵令嬢を同伴すれば「彼女が本命か!」と大騒ぎになります』
ここまで聞かされた時点で、「まさか」という思いは胸に沸いている。でも話は最後まで聞こうと、何も言わずにいると、レグルス王太子殿下はフッと口角を少し上げ、話を続けた。
『いろいろな忖度は煩わしいです。それならばいっそこうしようと思いました。コルネ嬢をエスコートしようと』
『レグルス王太子殿下、り、理解できません! どうしてそこで私をエスコートになるのでしょうか!?』
『同伴している令嬢は誰だ?となっても、ああ、王太子付きの侍女か――それで落ち着きます』
その後、いろいろな理由でエスコートされることを回避しようとしたけれど……。
『今回、窮地を助けてくれた御礼で、謝意以外でご自身ができることをしてくださる――そう言われていたと思うのですが……』
この一言に私は、昭和の懐かし時代劇で、印籠を出されて黙る悪代官状態になる。
(それを出されたらもうどうにもなりませんよ……!)
確かに何でもする――と私は宣言しており、レグルス王太子殿下が望むことは……金塊を寄越せとか誰それを抹殺しろなんていう難題ではないのだ。どちらかというと、羨む人が多いことを私にお願いしている。
結果、私は『了解いたしました』と、レグルス王太子殿下にエスコートされることを受け入れた。そして至る現在だった。
「では髪をセットしましょう。今回はきっちりアップにして、殿下からプレゼントいただいたエメラルドのついた髪飾りをつけるようにします」
「はい、お願いします」
既にプレゼントされているエメラルドのイヤリング。実はこれとお揃いの髪飾りとネックレスがあるそうで、それを今回つけるといいと言われ、受け取っていた。
(そう、これは今回借りているだけよ。決して貰っていないから! 宝物庫の宝飾品、一点だけでも国宝級。ネックレスと髪飾り、二つ合わせたらその額は……想像してはいけない。想像する必要はないわ。借りものなのだから!)
そんな超高級品を身に着けることになり、王宮付きのメイドが「お手伝いします!」と派遣されてきたのだ。
「では次はメイクですね」
「よろしくお願いします」
ナチュラルメイクが基本なので、お化粧は手早く終わる。ただ、つけぼくろなど、この世界ならではのお化粧のスタイルがあった。
「さあ、下着をつけ終わりましたので、ドレスを着ましょう!」
トルソーに用意されているドレス。
それはもう目を見張る美しさ。
アイスシルバーからアクアグリーンへとグラデーションするドレスは、身頃には沢山のグリッターが散りばめられている。スカート部分にはオーガンジーシルクのフリルが幾重にも重なり、実に華やかでボリュームもある。しかもこのドレスは私が用意したものではなく、レグルス王太子殿下から贈られたものだった。
『わたしは当日、アイスシルバー色のテールコートに、タイやポケットチーフなどの小物はアクアグリーンのものを着用します。刺繍はシルバーで、カフスはエメラルド。わたしに合わせたドレスを今から用意するのは難しいと思います。よってこちらで準備したドレスを着用ください』
そう言われてプレゼントされたら、受け取らないわけにはいかない!
(こんなに手際よく、最高品質の生地と完璧な製法で仕立てられたドレスが用意されるなんて、普通じゃないわ。つまりあらかじめエスコートする令嬢にはプレゼントすると決めていた……ということでは!? ならば私であろうと、テレンス公爵令嬢であろうと、このドレスを受け取り、着ていたのだろうから……遠慮せずに着てしまうしかないわ!)
こうしてドレスに着替えると、最後の仕上げでネックレスとイヤリングをつける。エメラルドが使われている宝飾品は、着ているドレスの色合いにピッタリだった。
姿見で全身の確認を行い、問題なしとなり、安心してソファへ腰を下ろす。するとそこに扉をノックする音が聞こえてきた。
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