悪事
トーマスの祖母と目が合った。
その瞳は何だか穏やかに感じられ、張り詰めていた緊張が緩むように感じる。
「お嬢さん、夕食ですよ。お口に合わないと思うわ。でも何か食べないと、体がもたないと思うの。だからね、食べられる物だけでもいいから。召し上がってみてちょうだい」
その表情通りで、落ち着いていて声も優しい。
「はい! ありがとうございます」
そこで滑車のロープを引きながら、私はまずテレンス公爵令嬢として名乗ることにする。
「ルイーザ・マリー・テレンスと申します。よろしければお名前を聞いてもいいですか?」
「まあ、こんな年寄りの名前が知りたいなんて! 名乗るほどではないけれど……そうね。ニコルは私のこと『カティおばあちゃん』と呼んでくれていたのよ。だから良かったら、カティおばあちゃんと呼んでちょうだい」
「分かりました、カティおばあちゃん。夕食、ありがとうございます。いただきます!」
滑車についている籠を外し、干し草のベッドに座る。サイドテーブルのランプの位置をずらし、籠からスープ、パンとリンゴを取り出す。
(いただきます!)
普通にお腹も空いていた。
パンは堅いし、酸味も強いが、塩気の強い野菜のスープには合う。リンゴは完熟しており、蜜が詰まって美味しい。シャキシャキといい音を立てながら、あっという間に食べてしまった。
胃袋を休めるように水を飲みながら「そう言えば」と思い、階下の様子を確認する。
ここは厩舎なので、階下では馬も餌を食べているようだが、その様子をカティおばあちゃんは丸椅子に座って眺めながら、なんと編み物をしていた! 器用に編み物をしている様子は、見ていて気持ちがいい。
(きっと私が食事を終えるのを待っているのね。ならばチャンスだわ!)
二階にも丸椅子があったので、階下が見える位置に持って行き、そこに座りカティおばあちゃんに声をかける。
「あの、カティおばあちゃん。少しお話をしてもいいですか?」
「ええ、いいわよ。トーマスにも聞いていたわよね。自分の父親が道を外れたことをしているなら、教えて欲しい。止めたいって」
「はい。本当にそう思っているんです。だから今も逃げる算段などせず、大人しくしています。一体わたくしのお父様は何をしているのでしょうか?」
カティおばあちゃんは編み物をしている手を止めずに語り出す。
「さっきルイーザさんが会ったトーマスは十八歳で、妹のニコルは十五歳になったばかり。私たちはね、畑仕事をしながら、家畜も育て、人手はいつも足りないのよ。ニコルにも家のことを手伝ってほしいと思っていたの。でもあの子、若いし、年頃でしょう。綺麗な衣装を着せてもらえる花屋の仕事を始めてしまったのよ」
街中にある花屋は、制服のような感覚で安物のドレスを少女の売り子に着せ、路上で花売りをさせていた。レストラン、劇場、馬車が渋滞する場所で花売りをすると、結構売れる。この世界では、花を贈り合うのが日常的な習慣であり、皆、気軽に花を買う。ちょっとしたプレゼント、消えもののお菓子を配るような感覚で、花を手に入れるのだ。そうやって花を買うのは貴族が多い。だからこそ路上の花売りの少女にはドレスを着せていた。
「ルイーザさんのお父さんはね、そうやって花売りをしている少女に目をつけて、言葉巧みに馬車に連れ込んで……。可愛らしい少女で欲を満たす悪い大人がいる。そういった人に少女を斡旋していたの。売られた少女はそのままその屋敷の使用人となったり、またどこかへ売られたりしている。そういう悪いことをあなたのお父さんはしているのよ」
これは衝撃的な情報で「えっ」と固まることになる。まさかテレンス公爵がそんな悪事を働ているなんて……にわかには信じがたい。しかもテレンス公爵令嬢も、自身の父親がそんな犯罪に手を染めているなんて……思ってもいないだろう。
「そういう斡旋では大金が動いている。あなたのお父さんはもう何十年もそうやって本業とは別でお金を荒稼ぎしていたのよ。そしてニコルも……。ある日突然、仕事から戻らなかったの。ニコルが攫われた時、そばに同業の仲間の少女がいて、一部始終を目撃していたの。それでみんなで手分けして探して、あなたのお父さんの悪事に辿り着いたのよ」
そこでこの世界の警察組織とも言える、王都警備隊にこの件を話したが……。
「相手は公爵家でしょう。対して私たちは平民。結局は信じてもらえなかったの。ニコルは家出扱いされただけだったわ」
そんな理不尽なと思うが、平民VS公爵家ではあまりにも分が悪い。私だって「え、公爵家の人間がそんな悪事をするの!?」と思ってしまった。
「昔はね、貧民街の子どもを攫っていたみたいなの。でも現国王は貧民街の浄化をスローガンにして、学校を併設した孤児院をどんどん建てている。貧民街の働ける大人には仕事を紹介し、自立を促しているわ。とてもいい施策だと思うの。でもおかげであなたのお父様は、商品となる少女を手に入れくくなった。そこでついに私たちのような、王都民の子どもにも手を出し始めたのよ」
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