敵を知る
「ここにいる二人の侍女は、共に平民出身です。わたくしに仕えていますが、ただの平民。見逃してください。二人とも今の出来事については、固く口を閉ざしますから」
いちかばちかで口にした言葉。
聞いた男たちは――。
「分かった。そもそも攫うのは公爵令嬢だけと言われている」
(良かったわ! これでテレンス公爵令嬢と彼女の侍女のことは守ることができたわ!)
こうして私は目隠しをされ、男たちに馬車に押し込められる。そこからはどうやって自分の本当の身分がバレないようにするか。かつこの窮地を脱するかを考えることになった。
(まずは敵を知るところから始めないと)
幸いなことに目隠しをされているが、口を塞がれることはなかった。そこで尋ねることにしたのだ。
「どうしてわたくしを攫うのですか? お金が目的ですの?」
「金? ああ、俺たちの目的は金だ。生きて行くにゃ金が必要だろう、お嬢さん?」
「それはその通りです。ですが身代金目的の誘拐は、失敗のリスクが高いです」
私の言葉に馬車に同乗している男たちは「何……?」と呟く。
「この人気のない北のエリアで誘拐することは、手法としては間違っていません。目撃者が極端に少ないですから、潜伏先がすぐにバレることは少ないでしょう。でもそこから先はリスクしかありません」
そこで一呼吸いれるが、ツッコミはないので話し続けることにした。
「リスクとしてまずあげるとしたら、連絡の難しさでしょう。それは身代金を要求する公爵家への連絡もそうですが、仲間内でも同じです。すれ違いが起き、連絡ミスが起きれば、逮捕される確率が高まります」
前世のようにスマホや電話があるわけではない。手紙や人伝での連絡にはリスクしかなかった。
「次に手に入れた大金……金貨を動かすことはリスクです。大量の金貨は検問で引っかかるでしょうし、小分けに分散して運ぶとなると、仲間を増やすことになりますが、人数が多ければ多い程、計画は破綻しやすくなります。情報の漏洩リスクも高まりますよね。もし金の延べ棒にしても、それは刻印から足がつき、さらに加工には技術が必要ですし、労力と時間がばかになりません」
続けて話そうとすると「待った」がかかった。
「お嬢ちゃん、俺たちは身代金目的の誘拐をしているわけじゃない」
「え、そうなのですか!?」
「そうだ。それに俺たちはお嬢ちゃんを攫うところまで指示を受けているが、そこから先には関わらない。俺たちが受けた仕事はそこまでだ。だがな、身代金目的なんかではないぞ」
(身代金目的の誘拐ではないの!? だったら何のために? もし殺害が目的なら、とっくに手に掛けているはずよ。そうはせず、私を攫うということは……)
「……人質、なんですね。わたくしが」
「なかなか賢いようだな、お嬢ちゃん。そうだと思うぜ」
「公爵令嬢であるわたくしを人質にしたら、普通、目的はお金に思えますわ。でもお金ではないなら……」
考え込む私に同情したのか、男が口を開く。
「まあ、お嬢ちゃんは分かるわけがない。きっとお嬢ちゃんは何も知らないんだろう」
(ということはつまり……)
「だが日没後、屋敷を出て北エリアに行くなんて自業自得だ。俺たちは雇われてから、お嬢ちゃんの行動を監視していた。まさかろくに護衛もつけず、操業が終わった時間の北エリアにこっそり向かうなんて……まるで襲ってくれと言っているようなものだ」
これには「なるほど!」だった。
まさに人目を忍んでいる場に現れたのは、あまりにも手際がいいとは思ったが、監視していたと。
(それでも至近距離からの監視ではなかったのね)
でもそれは仕方ないと思う。公爵家の令嬢。そう簡単に姿を見せない。ゆえに私と本人と区別がつかなかったのは……お粗末だけど、好都合ではあった。だからこそ今、私が攫われ、本人は難を逃れることができている。
(それにしてもあんな場所に護衛もろくにつけずにいたことを問われると……)
「それは……その通りですね」
「……娘はこんな素直なのにな。親は選べないというから、可哀そうなこった」
男の独り言とも思えるこの言葉に、私はハッとする。
(テレンス公爵令嬢が狙われた理由。それは彼女の両親にある……?)
テレンス公爵家は、アトリア王国の五代公爵家の一つだった。五つの公爵家の中で、歴史は浅いが、貿易業で財を成し、まさに頭角を現してきていた。
(出る杭は打たれる――それはどこの世界でも変わらないわ)
テレンス公爵令嬢を攫うよう、この男たちは依頼を受けた。その男たちは、傭兵崩れの集まりに思える。もしテレンス公爵家のライバルとなるような貴族が動くなら、こんな傭兵崩れには依頼しないはず。
(そうなるとライバルによる牽制ではないわ……。傭兵崩れを雇うぐらいの財力しかないとなると、貴族でも男爵。もしくは相応の高位貴族でも、実は家計が火の車、とか? もしかすると平民による依頼になるのでは……)
そこで馬車が止まる。
まだ考えはまとまっていないが、馬車から降りることになった。
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