何としてでも
「殿下の侍女、辞めてくださらない?」
テレンス公爵令嬢が私をこんなところまで呼び出した理由。それはこれを言いたかったのだと理解した。
(王太子付きの侍女に対し、宮殿内で『辞めて』などと言っているのを知られたら、大変なことになる。王族に対する侮辱とも捉えられかねない。だからこんな場所に……)
テレンス公爵令嬢が言いたかったことは理解したが、だからと言って「分かりました。では辞めます」と言えるかとなると……。
(それこそ無理な話だわ。私を自身の侍女に命じたのはレグルス王太子殿下なのだ。彼が私をクビにすると言わない限り、辞めることなんてできない。無論、病気や大怪我なら辞められるだろうけど……)
私がそんなことを考えていると、まるで心を読んだかのように、テレンス公爵令嬢がこんなことを言い出す。
「殿下の侍女を辞めるか、自ら婚約者候補に名乗りを上げるか。もし辞めるなら、公爵家のお抱え医師に偽の診断書を発行させることも可能よ。まとまったお金も工面するわ。ほとぼりが冷めた頃に結婚相手の紹介だってできますわよ」
この提案にはビックリするが、同時に分かってしまう。
ここまで必死に私をレグルス王太子殿下の元から離そうとしているのには、間違いなく理由がある。
(テレンス公爵令嬢は、両親からもレグルス王太子殿下の心を射止めよと命じられているのだわ)
貴族であれば、王家と縁故関係を持ちたいと願うのは、ごくごく自然な気持ちだった。貴族のマダムが娘を王家に嫁がせたいと願うのは……この世界でわりと普通のことなのだ。
「テレンス公爵令嬢様、あなたの言わんとすることは分かります。でも私を侍女に任命されたのは、レグルス王太子殿下です。彼が何か理由があり、私にお暇を申し付けない限り、辞めるなんてできません。それに診断書の偽造は罪です。そんなこと、公爵令嬢であるあなたにさせるわけにはいかないと思っています」
「あなた……優等生なのね。それに真面目。みんないろいろ融通を利かせて生きているのに」
まさにテレンス公爵令嬢がそんな指摘をした直後。
「うわぁ」「ぎゃぁ」
突然叫び声が聞こえてきたのだ。
驚いたのはテレンス公爵令嬢も私も同じで、叫び声が聞こえた通りの方を見た。少し離れた場所にいた侍女も驚いて後ろを振り返る。
すると通用口の扉が勢いよく開けられ、フード付きのマントを被った男たちが、次々と敷地内へ入って来た。
「おい、どっちが公爵令嬢だ!?」
この言葉で突然現れた男たちの狙いがテレンス公爵令嬢であると理解した私は、「ごめんなさい」と押し殺した声で告げると……。
テレンス公爵令嬢が手に持っていた扇子を素早く奪い取る。
「な、何をなさるの!?」
「静かに。あの男たちの狙いはあなたです。ですがあなたは殿下の婚約者候補の中では、家柄からして最有力。そんなあなたに何かがあったら、大事です。ここは私に任せてください」
「ま、まさか、あなた……!」
テレンス公爵令嬢が目を丸くしたところで悲鳴が聞こえてきた。
男の一人が少し離れた場所にいる侍女に剣を突き付け「公爵令嬢はどっちだ! テレンス公爵家の娘はどっちなのか答えろ!」と怒鳴っている。
ここは意を決した私が叫ぶ。
「おやめなさい! わたくしの侍女を離してくださる!?」
「! こっちが公爵令嬢だ。捕まえろ!」
男たちが一斉にこちらへと向かってくる。
この状況で誰も助けに来ないということは、テレンス公爵令嬢が乗って来た馬車の御者や従者は倒されてしまったのだろう。守衛の老人も……。
(助けは来ない。ならば可能な限り、テレンス公爵令嬢を守らないといけないわ。彼女は本当にレグルス王太子殿下の結婚相手になるかもしれないのだから)
そう心に誓い、私は口を開く。
「あなた方の目的がわたくしであることは理解しました。わたくしをどうするおつもりですか!?」
「大人しく俺たちについてくれば、乱暴なことはしない」
「なるほど。分かりました。ではついて行きますので、こちらの二人の侍女には手出ししないでくださいませ」
私の言葉に男たちは「何……?」と顔を見合わせる。
その男たち、よく見ると服はみすぼらしいし、手にしている武器……剣もくたびれた感じがしていた。
(レグルス王太子殿下を暗殺しようとしたギルドとは全然違うわ)
そこから導き出したことがある。
(貴族に対して恨みはあるが、平民と敵対する気はないのでは!?)
公爵令嬢を狙うところからして、貴族への嫌悪が感じられた。そこで私はこう告げる。
「ここにいる二人の侍女は、共に平民出身です。わたくしに仕えていますが、ただの平民。見逃してください。二人とも今の出来事については、固く口を閉ざしますから」
(巻き込まれただけの侍女、婚約者最有力候補のテレンス公爵令嬢。この二人のことは、何としてでも守らないと……!)
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