ああ、パスタですか
ティータイム後のレグルス王太子殿下とスコット筆頭補佐官は、猛烈な勢いで書類仕事をこなした。焼きバナナ&チョコバナナで相当パワーをもらったのだろう。
しかもレグルス王太子殿下は、ポーカーフェイスだがご機嫌だったので、スコット筆頭補佐官にこんなことを伝えたのだ。
「スコット。君はティータイムの後、いつになく職務に励んでくれた。連日、羽根ペンや算盤の件で残業をさせてしまっている。また明日頑張るということで、今日は夕食に間に合うよう、上がってもらって構わない」
これにはスコット筆頭補佐官、驚くが、殿下の気が変わらないようにと「ありがとうございます!」とそそくさと帰り支度を始める。そして席から立ち、レグルス王太子殿下に挨拶をすると、私を見た。
「コルネ嬢も夕食に合わせて終了ですよね? 良かったらこの後、食事でも行きませんか!」
これには「えっ!」《何!?》となる。
(うん? 私の心の声の「えっ!」に被さるように、殿下の心の声も聞こえたような!?)
チラリと見ると、レグルス王太子殿下の紺碧色の瞳と目が合うが、彼はフィッと視線を逸らしてしまう。
「コルネ嬢、いかがですか!」
再度スコット筆頭補佐官に問われ、私はとりあえず返事だけする。
「あっ、はい……」
もう一度レグルス王太子殿下を見るが、彼は書類に視線を落としている。そして心の声は……。
《……》
沈黙している。
「最近、パスタという料理を出すお店が出来たんですよ。ご存知ですか、コルネ嬢?」
「ああ、パスタですか」
「あ、やはりご存知なのですね。もう行かれましたか!?」
スコット筆頭補佐官は鞄を手に私のところへトコトコとやって来る。一方の私は「しまった!」と思う。
(前世の感覚でつい「ああ、パスタですか」と答えてしまったわ……!)
この世界でパスタはまだ食べたことがない。というのもパスタは一部の国で食べられているが、アトリア王国ではまだメジャーな食べ物ではなかったのだ。
「え、えーと。いろいろ食に関する本を見ていた時に、パスタについても見た記憶があるだけで、食べたことはありません。それに王都にパスタを食べられるお店があるなんて……知りませんでした! 当然ですが、行ったことはありません」
住み込みで宮殿で行儀見習いをしていると、宮殿の外になかなか出なくなる。前世のように休日がきっちり決まっているわけではなく、用事があれば休むというスタイルであることから、特に何もなければ普通に日々働く……これが当たり前の世界だった。そうなると街に繰り出す……そんな機会も減っていたのだ。
(必要なものは御用聞きのように宮殿へやってくる商会の人に頼めば手に入るし、宮殿内の購買部に行けば、たいがいの物が手に入るから……意外と宮殿の使用人、引きこもりに近いかもしれないわ)
「行ったことがないのですね。ではちょうどいいです。行きましょう、今から!」
「あ、え、今から……」
「夕食ですから」
「そうですね……」
スコット筆頭補佐官との会話を続けながら、レグルス王太子殿下を見ると、彼はサラサラと羽根ペンを動かし、書類仕事を続けていた。
執務机の上の書類の山は、ティータイム後のスパートで、半分以下まで減っている。それでもまだ残っているわけで……。そして明日になればまた書類が到着する。
(レグルス王太子殿下はいつも通りで過ごすつもりね。今晩は晩餐会でも会食でもないから、普通に夕食を終えたら、また執務に戻る……。せっかくだから三人でパスタを……と思ったけれど、それは無理に違いないわ)
なんとなく一人だけのけ者にするように思え、気を遣いそうになったが。レグルス王太子殿下は、私からすると仕えている主。
上司ではない。
上司は……どちらかというスコット筆頭補佐官だ。
それにそもそもレグルス王太子殿下は王族なのだ。
ようは前世のような感覚で「会社帰り、飲みに行きませんか~?」と誘っていいわけがなかった。
「分かりました。行きましょう!」
そこで私は椅子から立ち上がり、レグルス王太子殿下の前に行き、今日はもう退出していいか確認することにした。
「レグルス王太子殿下、本日は――」
「終了で構いませんよ。また明日、よろしくお願いいたします」
お決まりのポーカーフェイスで、紺碧色の瞳に浮かぶ感情はなし。心の声も聞こえてこない。
(レグルス王太子殿下から見たら、スコット筆頭補佐官も私も。自分に仕える人間に過ぎないものね。プライベートでの食事に一緒に行きたいとは、やっぱり思わないわよね)
そこで私は「ありがとうございます。本日はこれで失礼させていただきます」とお辞儀をして、スコット筆頭補佐官と共に退勤することになった。
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