死を自覚
死を自覚し、もう目を閉じるしかなかった。
これから首を切られ、自分の鮮血を浴び、死ぬのかと思うと、既に意識が飛びそうになっている。
目を閉じ、その時を待つが……。
傷みを感じない。
(切れ味がいいと言っていた。それはあまりにも鋭く、私は……痛みすら感じずに死んでしまったのかしら……)
震えながら目を開けると、私を殺すと宣言した暗殺者と目が合う。
その暗殺者の目は充血し、そして……。
「ぶはっ」
口から血を吹き出し、そのままうつ伏せで倒れたのだ。さらにその背中には深々と刺さった矢が見えている。
これには驚き、悲鳴を上げることになった。
◇
もう私は死を覚悟した。
だが死ぬことなく、生きている。
生きて今、侍女長に呼ばれていた。
書斎机を挟み、椅子に座っているのは、ブルネットの髪をお団子にして、三角フレームのメガネをかけた侍女長だ。
「侍従長から話を聞きました。第二王女殿下の頼みで倉庫へ紙を取りに行き、そこでレグルス王太子殿下の暗殺現場に居合わせたのですね。暗殺者の気を逸らすため、手に持っていた約五百枚の紙を、渡り廊下から階下に投げ落とした。紙は散乱し、使い物にならなくなった……」
彼女は今、盛大にため息をついている。
「レグルス王太子殿下は結局、お一人で五人の暗殺者を倒されました。しかも倒した暗殺者から奪った弓を使い、アンジェリカ・リリー・コルネ、あなたのことも助けたのですよ? あなたに襲い掛かろうとした暗殺者を、レグルス王太子殿下は矢で仕留めてくださったのです。正直、あなたが紙を無駄にしなくても、レグルス王太子殿下はお一人で問題なかったでしょう」
ヒヤシンス色のドレス姿の侍女長は、私がただ紙を無駄にしたかったと言いたいようだ。
でも確かに、私は……あの暗殺未遂の場で役に立ったかというと……。
既に倒されている警備兵に助けを求めようとして、殺されかけただけだった。何もせず、とにかく逃げ、裏庭ではない別の場所にいる警備兵を呼びに行った方が、紙も無駄にしなかったと思う。
「リーヴィエル侍女長、申し訳ありませんでした。無駄にした紙代は……」
「当然、給金から引かせていただきます」
「はい……」
「怪我といっても、膝を擦りむいた程度なのでしょう? 医務室で治療をしてもらったら、着替えをして、仕事へ戻りなさい」
「分かりました」
私は侍女長室を出て医務室へ向かう。
医務室にいるのは、祖父と呼びたくなる白髪に白髭で白衣を着た、その名もホワイティア先生だ。
「これは名誉の負傷じゃな」
ホワイティア先生はそう言いながら、私の膝に出来た傷を消毒し、軟膏を塗って包帯を巻きつけてくれる。
「ホワイティア先生……でもレグルス王太子殿下は、私が何かしなくても、お一人で暗殺者を倒せたとリーヴィエル侍女長はおっしゃっていました」
「ふん。リーヴィエル侍女長は、レグルス王太子殿下を完全無欠と考えておるからな。凄腕の暗殺者といえど、一人で余裕で五人を倒せたと考えているようじゃが……」
そこでホワイティア先生は私に耳を近づけ、コソコソ話で教えてくれる。
「レグルス王太子殿下は確かに頭脳明晰、容姿端麗、運動神経抜群で、剣術の腕はソードマスターと変わらないと言われている。あの時、彼を守るための護衛騎士は五人いたが、全滅、周辺にいた警備兵も全員殲滅させられていた。そんな凄腕の暗殺者五人を確かに倒し切ったが、殿下も無傷では済んでいない。殿下が倒し切れたのは、お前さんが紙をばらまき、敵を混乱させたからじゃ」
「先生は私が役に立った……と考えてくださるのですか!?」
「ああ、当然じゃ。お前さんの助けがなかったら、レグルス王太子殿下は暗殺者を全滅させることができても、自身も大怪我を負っていたかもしれん。お前さんが役立ったと思っているなら、殿下から声がかかるじゃろう」
「殿下から声がかかる……?」と私は首を傾げることになる。
「そうじゃ。レグルス王太子殿下は、自分にも他人にも厳しく、笑顔を見せることがない。ゆえに感情のない完全無欠の王太子。氷のような王太子と評されているが……。自身が認めた人間には礼を尽くす。お前さんの行動に助けられたと思ったら、御礼を言うため、呼び出すじゃろう。そういう義理堅いところがあるんじゃよ」
「え、そうなのですか!? レグルス王太子殿下は使用人にも厳しく、彼に付く使用人は根を上げてすぐに辞めてしまうことが多いと聞いていますが……」
「それは手抜きの仕事をしようとしている使用人の逆恨みじゃ。彼の名を貶めるため、そんな噂を流すんじゃよ。本当に有能な使用人は、辞めずに残り続けている」
これには「そうなのですね……」と驚くしかないが、確かにホワイティア先生が言うことには一理ある。社交界の噂はにわかに信じてはいけないように。使用人の噂も鵜呑みにはできない……と思うものの。
ホワイティア先生が嘘を言っているわけではない。
ただ、今回、私は本当に空回りをしただけだった。静かにあの場を立ち去り、裏庭以外にいる警備兵を呼びに行けばよかったのだ。それなのに無駄に紙を散乱させ、膝に傷を作った……。まさに「とほほ」な状況。
つまりレグルス王太子殿下からお呼びがかかり、御礼を言われるなどあるわけがない。
そう思っていたが。
自室へ戻り、クリーム色のドレスに着替えを終え、そろそろ第二王女殿下の夕食のための着替えの手伝いに向かおうと思っていたら……。
「コルネ嬢、レグルス王太子殿下がお呼びです」
レグルス王太子殿下付きの従者が私を訪ね、衝撃の情報をもたらした。
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