サプライズ返し
レグルス王太子殿下が取り出したもの。それはダイアンの仲間の鍛冶職人が作ってくれた算盤!
と言っても算盤を作るための道具が揃っているわけではない。彼らが手元にある素材で作った結果……。枠と芯は金属製、珠は真珠という何だか大変ゴージャスなものになってしまった。
「これは……置物です?」とスコット筆頭補佐官。
「何だか楽器のようにも思えます」とレグルス王太子殿下。
「実はこれ、東方で使われている計算をするための道具なんです」
そこでレグルス王太子殿下に算盤を執務机に置いてもらい、説明をする。
「この上の段の真珠を五と考え、下の段の真珠一つずつを一と考えます。そしてこんな感じで使います。一足す二足す三は……ここで上の段の五の真珠を動かし、下の段の一の真珠をこう動かすと、一+二+三=六を現わすことになります」
これを聞いたレグルス王太子殿下とスコット筆頭補佐官は「!」と目を見張っていた。ポーカーフェイスのレグルス王太子殿下だけど、紺碧色の瞳が驚きで満ちている。
《こんな道具が東方にあったとは! 驚きだ。これが六を表すなら……》
そこでレグルス王太子殿下がスッと手を動かし、真珠の珠に触れる。よく見ると彼の手は、剣術と連日の書類仕事に追われている手とは思えないほど、指は細く、爪の形も綺麗で、その肌はつやつやだった。
「この六に四を足すと、もしやこうなるのですか?」
「その通りです! 桁が一つ上がると考えます。そしてゼロを表すため、上の段の五の真珠と下の段の一の真珠は上下へそれぞれ動かします」
「なるほど。これに一、二、三と足し、さらに四で二十、こうでしょうか」
「その通りです! 掛け算や割り算もできます。例えば五×二十五ですと、こうです」
「「これはすごい! 便利です!」」
レグルス王太子殿下とスコット筆頭補佐官の声が揃う。さらにレグルス王太子殿下の心の声は……。
《これがあれば、わざわざ紙に羽根ペンで書きながら計算する必要がなくなるではないか……!》
「割り算も教えていただけないですか、コルネ嬢!」
さしもの無表情レグルス王太子殿下でも、算盤には興奮しているようだ。今までで一番紺碧色の瞳が輝き、頬も上気している。
「勿論です。割り算は……では五十÷二をやってみましょうか」
こんな感じで三十分ほどレクチャーすると、呑み込みの早いレグルス王太子殿下は算盤の基本的な使い方をマスター。そこで一番覚えると使えそうな伝票での計算の仕方も教えてしまう。そのための伝票ホルダーもダイアンの仲間の鍛冶職人に作ってもらっていた。
「これは画期的です。紙をめくりながら、こうやって計算できれば、領主たちも宮殿の職員たちも毎日の計算の煩わしさから解放されますね」
スコット筆頭補佐官は興奮気味で声が裏返っている。
「この珠と呼んでいる真珠。これは真珠ではないものにすれば、安価に製造できますよね?」
レグルス王太子殿下に問われ、私は頷く。
「堅い木材や骨などでも代用できます。枠なども金属ではなく、木材でいいかと」
「これを作ったのは?」
「これまた鍛冶工房の皆さんに協力いただきましたが、木材を扱う職人であれば、算盤を作れると思います」
「なるほどです。鍛冶工房は羽根ペンの金属加工でフル稼働になります。算盤は木材を扱う工房に依頼すれば、羽根ペンと同時進行で製造を進められますね……」
どうやらレグルス王太子殿下は算盤についても広く普及させたいようだ。
「ただ算盤については使い方を覚える必要があります。講習を開く必要がありますが、このサイズ。大人数では難しい。何より講師となる人間が必要です。コルネ嬢からみっちり基本を学び、その人物を起点に広めていく……」
思案するレグルス王太子殿下にスコット筆頭補佐官がワクワクした声で話し掛ける。
「殿下、もし宮殿の職員がこの算盤と金属のペン先がついた羽根ペンを日常的に使うようになったら……とんでもない業務の効率化になりますよ!」
「そうだな。これは財務大臣に相談し、人員計画を立てるといいだろう。いやその前にまず父上に報告しないといけない。スコット」
「御意。侍従長に話をつけてきます!」
スコット筆頭補佐官が、いつぞかのように部屋を飛び出していく。その後ろ姿を見送ったレグルス王太子殿下は、しみじみとこんなことを言う。
「君のような逸材がコーデリアの侍女をしていたなんて……君だったら大臣にもなれる才覚を持っていると思います」
「いえ、そんな……。たまたま知っていたことを話したまでです」
《自身の才能をひけらかすこともなく、相変わらず謙虚だ。彼女を見出したのは偶然だった。まさにダイヤの原石を見つけ出したようなもの。もう……彼女のことは手放せないな》
レグルス王太子殿下が《手放せない》なんて心の声で言い出すので、私は心臓がドキドキして大変だった。
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