漏れ聞こえてくる本音
書類仕事をするレグルス王太子殿下は、表情を変えることなく、ただ眼差しは真剣そのもので取り組んでいる。
大変整った美しい顔で、黙々と羽根ペンを走らせているのだ。その彼の斜め左の位置に置かれた机では、スコット筆頭補佐官が小声で何やらブツブツ言いながら、書類と睨めっこをしている――というのが表側の風景。裏側……というかレグルス王太子殿下の心の声が聞こえてしまう私は、寡黙に見えるが、全然そうではない彼の姿が興味深くて仕方ない。
《うーん、追加支援の陳情……。金額は……うん? これで正しいのか? 計算は……するしかないか》
《汚い字だな……。判読するのに余計な時間がかかる……》
《これは……これは領主が判断することだろう? 現地できちんと区画調査させろ》
《というか羽根ペンのインク持ちが悪いのは、どうにかならないのか!》
完璧なるポーカーフェイスなのに。
心の中ではわちゃわちゃといろいろなことに煩わされている様子が伝わってくる。
(レグルス王太子殿下が悪いわけではないわ。字が汚いのはその書類を書いた人の問題。領主がすべきことが、こんなところまで上がってしまうのは、ここではない場所で働いている宮殿職員のミスよね。それ以外の計算と羽根ペンは……)
レグルス王太子殿下とスコット筆頭補佐官は必死に書類仕事をしているのに。侍女で待機中の私は二人の様子を眺めて(聞いて)いるだけ。
(高い給金をもらうのに、これでは申し訳ないわ!)
《はあ。まだ十一時か。昼食までまだ時間があるが、少し小腹が減ったな。今朝は剣術と馬術の訓練もしたから、お腹が空く》
この心の声には「待ってました!」と私は椅子から立ち上がることになる。
「どうしました、コルネ嬢!?」
スコット筆頭補佐官がビックリした表情で私を見た。レグルス王太子殿下はポーカーフェイスだが、紺碧色の瞳は興味深そうにこちらへ向けられている。
「ちょっと失礼して、すぐに戻ります!」
剣術や馬術の訓練をしているなら、相当カロリーは消費しているだろう。お腹が空いて当然だ。それでも昼食があるのだから、今、小腹が空いているからと、がっつり食べるわけにはいかなかった。
厨房に向かった私は、顔見知りになっている料理人に声をかける。
「昼食の準備で忙しいところ、ごめんなさい! 殿下が小腹空いているようなのです。昼食前に軽く口にいれられるものを用意できますか!? 私も手伝います!」
「おう、任せてくださいよ、コルネ嬢!」
料理人はすぐに反応し、レグルス王太子殿下の好みに合わせて用意してくれたのは……。
チーズ×フルーツのコンフィ!
「コンテというチーズは濃厚な風味を楽しめるが、これにマルメロのコンフィをのせた。濃厚なコクにマルメロの甘酸っぱさが最高に合うぞ!」
「こっちはチェダーチーズにイチジクのコンフィだ。チェダーの塩気とイチジクの甘味が絶妙なバランスで楽しめる」
「パルミジャーノ・レッジャーノはチェリーのコンフィと合わせてみた。濃い味わいのチーズにチェリーの果肉は極上の組み合わせだ」
手早く用意してくれたが、これはそれぞれのチーズの特性とフルーツのコンフィの味を分かっていないと、生み出せない掛け合わせばかり。
(さすが宮廷料理人! これならレグルス王太子殿下も喜んでくれるはずだわ)
「スコット筆頭補佐官もいるんだろう? ちゃんと三人分で用意してある。ほら、早く殿下のところへ!」
「ありがとうございます!」
協力してくれた料理人のみんなに頭を下げ、チーズをのせた素敵なお皿をトレンチに載せると、大急ぎで執務室へ戻る。
「レグルス王太子殿下、昼食前のこの時間。剣術や馬術の訓練をしていれば、お腹が空き始めて当然です。軽くこちらを召し上がっていただくと、書類仕事もはかどると思います。スコット筆頭補佐官の分と……私の分もあるので。どうぞ!」
素早くチーズをのせたお皿を二人の机に並べ、部屋に用意されていたレモン水を注ぐ。
レグルス王太子殿下とスコット筆頭補佐官は、顔を見合わせる。分かりやすくスコット筆頭補佐官は驚き、レグルス王太子殿下は表情を変えていないが……。
《まさに小腹が空いていた……! ナイスタイミングだ。やはり子リスをわたし付きの侍女にしてよかった。しかもこの程度であれば、昼食への影響も少ない》
心の声では大喜びをしているし、その気持ちが抑えられなかったようで、レグルス王太子殿下が口を開く。
「コルネ嬢、ありがとうございます。まさに君の言う通りで、朝の訓練があったので、小腹が空いていました。ありがたくいただきます」
「コルネ嬢、ありがとうございます! 僕は訓練をしていないのですが、脳を使い過ぎて、もうお腹はぺこぺこでした。いただきます!」
スコット筆頭補佐官は笑顔でチーズを手に取る。
私も椅子に腰を下ろし、自分の分のチーズを手に取った。
レグルス王太子殿下がチェダーチーズ×イチジクのコンフィを口に運び「!」と、その紺碧色の瞳が煌めく。コンテ×マルメロのコンフィを食べたスコット筆頭補佐官は「美味しいです……!」と涙目になる。
私はパルミジャーノ・レッジャーノ×チェリーのコンフィをパクリといただき「あ~幸せです」と微笑むことになった。
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次話は『いきなりの午後半休』です!
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