言い方!
今度こそ。
ということで、パイナップルのケーキを食べられるお店にジークとやって来ていた。
ついにパイナップルのケーキが食べらる。それは嬉しい。
だが──。
「信じられないです! 何しているんですか? 敵と優雅に散歩した? しかも逃走を許すなんて!」
「仕方ない。部下とフェリクスの命を守るにはそうするしかなかった」
「はぁぁぁぁ? それってジークがその敵のスパイに負ける前提ですよね? 散々私を負かしているミラーの副長官が負ける? それは随分と名折れなことで!」
コバルトブルーのセットアップを着たジークは、子犬のように瞳を潤ませ、私を上目遣いで見る。
「リエット、言い方! それに僕とリエット、深い愛で結ばれているのに。なんてひどい言い方なんだ!」
「はぁ? 何言っているんですかね、ジーク! いつそんな深い仲になったというんですか!?」
「……キス、しただろう?」
これには断固抗議でテーブルに両手をつき、椅子から立ち上がってしまう。白地に黒のストライプ柄のドレスのフリルが大きく揺れる。
「してません! あれはキスをしているフリです! ギリギリのスレスレでしたが、お互いの唇は1秒も触れていませんから」
「そうだったかなぁ? 僕はキスしていたと思うけど」
ジークはすっとぼけた顔で私を見る。
(白々しいにもほどがあるわ!)
「してませんから!」
「じゃあ、今からしておく?」
これには「???」となりながらも、断固拒否する。
「しませんから、絶対!」
「えー。しないのか? 後からしたいと言ってもダメだぞ?」
「後からしたいと言うこともありませんから、絶対に!」
そう言ってストンと椅子に座ると、ジークはまだ「えっ、今ならまだいいぞ。しておきたいよな?」と言葉を重ねるが、無視する。
「コルネ伯爵にまで演技をさせて! 素敵なドレスを赤インクで汚させて、成果なし、だなんて!」
そう、そうなのだ!
ルベール嬢はオペラ観劇の後、あのフェリクスに再会し、その後も何度か二人は会うことになる。フェリクスは言葉巧みにルベール嬢を籠絡しようとしたが……。
既にルベール嬢はコルネ伯爵を大好きだった。それに同じ侍女であるルイーザ様やモンクレルテ嬢との間に、絆が出来ていた。宮廷のパティシエや料理人とも仲がいい。彼らを裏切ることなど、ルベール嬢は微塵も考えていない。それどころか彼女は、コルネ伯爵にフェリクスから持ちかけられた計画を洗いざらい話したのだ。
それを踏まえ、ジークたち諜報部ミラーが動くことになる。
動く……。
つまりはルベール嬢は、フェリクスに籠絡されたふりを続けることになった。そして渡された毒を入れた紅茶を提供したという芝居を打つことが決まる。そう、あの日、テラスにいたメンバーは目撃者に選ばれたマチルダ・エルザ・バルヴェルク伯爵令嬢を除き、全員が演者だったのだ。
演者と言っても、演じるのはそれぞれが本人役である。
つまりコルネ伯爵はコルネ伯爵を、ルイーザ様はルイーザ様を、ルベール嬢はルベール嬢を、私は私を……ということで皆、自分自身をそれぞれ演じた。
ただし、コルネ伯爵とルベール嬢は特別な演技指導をジークから受けている。コルネ伯爵は毒入り紅茶を飲んでしまったという演技と吐血の演出を、ルベール嬢は毒入りの紅茶をコルネ伯爵に出したという演技をしたのだ。そして一切の演技指導なしで、二人を見て盛大な反応をしてくれたのが、バルヴェルク伯爵令嬢だった。
皆の演技は完璧だったと思う。それは見事なまでに騙されたバルヴェルク伯爵令嬢を見れば一目瞭然。
ところが敵のスパイはフェリクスすら騙していたのだ。用意されていたのは、本当は毒などではなく、とても特殊な眠り薬。目的はコルネ伯爵を害することではなく、彼女を手に入れること。
次々と発明をするコルネ伯爵の叡智を、いずれかの国が欲しがったというのが事の真相だった。
ではその国とはどこなのか?
捕らえられたフェリクスに尋問が行われ、彼はあのスパイの男が「サンマリン公国の人間だ!」と答えたというが……。
サンマリン公国は、この大陸で一番の小国で、その人口は約3万人程度。山の上にある城塞都市が独立し、国と呼ばれるようになったに等しい。そんな小国が、大国であるアトリア王国の王太子の婚約者を奪うなんて、狂気の沙汰だ。
しかしフェリクスはこのサンマリン公国で、婚約式の日に使われた爆弾を受け取り、アトリア王国に持ち込んだと主張している。だが諜報部ミラーの見解は、フェリクスが捕らえられ、尋問された時に備えた結果だと分析していた。
ようは隠れ蓑にサンマリン公国が利用されたに過ぎない。本当の黒幕は別にいるということ。そしてその黒幕がどこの国なのか……確認するにはフェリクスにいろいろ指示を出していたスパイに聞くしかなかったのに!
ジークはまさかのこのスパイを逃がし、奴がどこの国の手の者なのかも分からず仕舞い。諜報部ミラーの副長官が出張っておきながら、この体たらく。私として実に不甲斐ないと思ってしまうが……。
「成果はなしではないさ。まず、奴をこの国から追い出すことはできた。それに僕は奴の声と耳の形を覚えたんだ。知っているか、リエット? 人間の耳の形ってのは変装でも変えられないし、隠しにくい。ゆえに耳の形で覚えるんだ。そして耳を隠している男がいたらスパイの可能性が高い」
「追い出す……逃走を許しただけなのに」
ジークは卵と野菜の炒め物を小皿に取り分けながら「違う、違う」と答える。
「奴さんは誰も害していない。それなのに奴を害せば、報復合戦になる。流さないでいい血を流すことになるんだ。リエット。スパイや諜報員同士には暗黙の掟があるんだよ。無駄な殺しはしないってね」
「そんなこと知らないですよ!」
「リエット」
ジークが私の手をいきなりぎゅっと握る。
「暗黙の掟は絶対だ。国や組織に関係なく。それがひいては自分や仲間の命を守ることになる」
さっきまでふざけていたのに。急に真剣な顔になる。そしてそんなふうに言われたら「わかりました」としか答えられなくなる。
「諜報部が追う敵は手強いんだ。一筋縄ではいかないし、一度や二度のランデブーで、その正体が明らかになることも、捕らえられる相手でもない。ようは忍耐力が問われるんだよ。そこはまあ、僕とリエットみたいな関係だ。僕はこうも魅力的なのに、リエットはなかなか陥落しないだろう?」
「ジークの例えは最悪過ぎますけど、言わんとすることはなんとなく分かりました。……ジークが見逃したそのスパイは一旦、アトリア王国から退いたと。しばらくは平和が続くと思っていいのですか?」
「僕の目が黒いうちは、奴に二度とはこのアトリア王国の土を踏ませるつもりはない。それは奴も分かっているはずだ。よってしばらくはこの均衡状態は続くだろう」
ここはビシッと敵のスパイを捕らえ、ズバリ解決と行きたかった。
(でも……いつも自信満々で、動じることのないジークが見逃したのだ。敵もよほどの者なのだろう。そして今の話しぶりからすると、少なくともレグルス王太子殿下とコルネ伯爵が国王と王妃として君臨している時。この敵がアトリア王国に手を出すことはない……のだろう)
「……殿下とコルネ伯爵は大丈夫として、心配なのはルベール嬢ですね。今回、完全に私たちの味方になってくれましたが、かつて本気で好きになり、結婚したいと思った相手。その相手に裏切られた。……というかそもそも論で、最初からルベール嬢を利用する気満々だったわけで……。その事実をルベール嬢はどう受け止めているのか……」
フェリクスに盛られた薬は特殊だったが、そもそも量は少なかったようだ。三日間眠りこけた後、ようやく目覚め、尋問できる状態になった。でもその頃には敵のスパイは余裕で国外へ逃げ延びたことだろう。
(あんな悪党、一生目覚めなくても良かったのに)
ルベール嬢の心中を思うと、フェリクスという男が人間のクズに思えてならない。
そこでついにパイナップルのケーキが登場した。
「よし、リエット! 今度こそのパイナップルケーキだ。ここは僕が食べさせてあげよう」
「え、自分で食べられますが」
「まあ、そう照れるなって。ほら、あーん」
(ジークは私に殺られたいのかしら……?)
私は素直に応じたふりをして、口を開け、パイナップルケーキをハムっといただく。
「!(美味しいっ!)」
「痛っ! おい、こら! リエット! 僕の指に噛みつくんじゃない!」
パイナップルケーキは甘酸っぱく、柔らかく……癖になる美味しさだった……!
お読みいただき、ありがとうございます~
これを書いているとパイナップルケーキが無性に食べたくなる……(´ρ`)
















