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平凡な侍女の私、なぜか完璧王太子のとっておき!  作者: 一番星キラリ@受賞作続刊発売決定:商業ノベル&漫画化進行中
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今は……

「ジーク副長官、息はあります。……寝ているようです」


 ベンチに座っているフェリクスは、まるで酔っ払いが日中からそこで寝ているようにしか見えない。


(なるほど。あのスパイが用意したという毒。事前に得ていた情報は……偽物だったわけか)


 今回使われる毒は、即効性があり、血を吐き、死に至るということになっていた。だが違ったということだ。可能性としては、このフェリクスのようにただ眠るだけの偽薬。毒でも何でもなかったということ。それでもインパクトは与えられる。コルネ伯爵に偽薬を盛れる人物を手配できると知らしめることになるのだから。


(つまりバルヴェルク伯爵令嬢が逃げるように馬車で宮殿から出て来ること。それはコルネ伯爵が、毒とされた偽薬をちゃんと飲んでいたら、起きることはなかった。コルネ伯爵がティータイムの最中で眠ってしまった――となるだけだった)


 ようはスパイのあの男は、用意周到だった。


 バルヴェルク伯爵令嬢が宮殿から出て来なければ「失敗ですね」とフェリクスに告げ、亡命はなかったことになる。そして今みたいにバルヴェルク伯爵令嬢が宮殿から逃げ出してくれば……。


 スパイの計画は失敗したことになる。でも失敗したと分かるのは(スパイ)だけだ。フェリクスは毒と聞かされているから、自分が成功したと思う。そして乾杯ということで飲まされたシャンパン。そこに入っていた薬でぐっすりお眠だ。亡命の話は立ち消えになり、フェリクスらスローン伯爵たちは自力で窮地を乗り切るしかない。


(ここまで周到にするということは。フェリクスを尋問して出てくるスパイの情報はすべて偽物。彼が爆弾の受け取りのために向かった国も、経由国に過ぎないのだろう。絶対に尻尾を掴ませない……というわけか)


 そこまでやるか、という想いと、そこまでやる組織はどこだ、と考える。


(いや、今はそれよりも……)


「フェリクスは拘束しろ。奴は僕が追う」

「えっ、副長官が……!? 既に追っ手が向かっています。それに僭越ながら、今から副長官が追いかけても、追いつかないのでは……?」

「いや。敵の傾向が分かった。……そして生き残りたければ、動くなよ」

「!?」

「冷静に話そうじゃないか」

「副長官……?」

「しっ。完全に背後をとられたな。絶対に動くなよ」


「初めてお目にかかります、ミラーの副長官殿」


 部下の背後に音もなく姿を見せたのは……街中でよく見かけるベージュのジャケットに、眼鏡、そしてダークブランの髪と髭の中年の男。そう、花売りの少女の母親を攫い、婚約式に挑むコルネ伯爵を傷つけることを画策し、今回も伯爵に毒を盛ると見せかけたスパイの男だ。


「やあやあ、こちらこそお初にお目にかかる。どうだろう。こんなに天気もいい。少し僕と散歩でも。こう見えて僕もなかなか忙しい身でね。僕と散歩できるなんて、そうある機会ではない。ああ、あと、この子には手を出さないで欲しい。同じ影の存在して、少し情報交換をしようじゃないか」

「なるほど。確かにミラーの副長官の時間を頂く。それは価値があるな。でも……その程度か? 命の対価は、命では?」

「ああ、分かった、分かった。君が国外に逃れるのは認めよう。ミラーの副長官の権限で、殿下のことも説得する。君に本気を出されて、死人を増やしたくないからね。それに今回、確かに君は死人を一人も出していない。どうやら君は……君というか、君を動かす相当高貴な身分の何者かも、誰かの死を望んでいたわけではないようだ」


 男はくつくつと楽しそうに笑う。


「ありがとうございます。では少し歩きましょうか」


 僕は部下に目配せをする。

「絶対に追うな。死にたくなければ」と。


「……それで、目的は何なんなのかな?」

「ミラーの副長官ともあろう方が、まだ我々の目的を読み切れないのですか?」

「……ははは。それを言われると。ただ……まあ、今回で確信に至ることができたかな。目的はこの国の権威を傷つけること。そしてコルネ伯爵を本気で害したいわけではない。むしろ……」


 前を見ないで走って来た男の子と女の子を避けながら、一旦立ち止まった。僕は時計塔をチラッと見る。


「むしろ、コルネ伯爵を手に入れたい……ということでは?」

「そこに至れましたか」

「まあ、そうですね。婚約式もできれば中止に持ち込みたかった。そして今回用意したのは……偽薬とも考えたのですが、違う。特殊な薬ですね。死には至らない。でも目覚めない。目覚めさせるには特別な薬が必要になる。そしてその薬を君の所属する国が有していると。ただ門外不出。もし必要なら自国までコルネ伯爵を連れて来ればいい……。そんな感じかな?」


 再び歩き出すと、男は「お見事です。さすがミラーの副長官」と拍手を送ってくれる。


「これまで王太子を害してこの国を手中に収めると考えていたようですね、私のあるじは。でもこの国の未来を折るには、いささか骨が折れる。ことごとくこちらの送った刺客は帰らぬ人になっています。ならばこの国の叡智を奪い、自国を発展させる方が得策と考えた。流血にはなりませんし、平和的でしょう」

「あははは。なるほど。もしやあれとそれとあれが、君のところの刺客だったのかな? まあいいでしょう。過ぎたことです」


 そこで広場の切れ目で、馬車道に突き当たった。

 必然的に僕も男も立ち止まるしかない。

 僕は馬車道を渡った先に見える建物に目線を向ける。


「この国の未来と叡智。そのどちらも奪わせるわけにいかない。僕の命をもってしてもね」

「なるほど……。命拾いをしたのは……私の方だった、というわけですか」


 男が意味深に僕を見るが、それは正解。


「ベンチに私がいた時。そしてさっき立ち止まった時。そして今。……狙撃専門の弓兵を配備している」

「そうですね。僕と一緒でなければ、額に見事に矢が命中していたかと」

「……それは困りますね」


 そこで男と僕は「あははは」と笑う。


「今日はお互いに50/50(フィフティフィフティ)だったということで。次回会う時は……」


 男が長し目をこちらに送る。


「次回はない。君の声と耳の形は覚えた。もう逃さない」

「ほう……。この変装は意味なしと」

「言ったはずだ。この国の未来と叡智。そのどちらも奪わせるわけにいかないと。次に会ったら、君か僕か、どちらかがこの世から消える」


 しばしの沈黙。そして男が口を開く。


「残念ですね。二度目の逢瀬はなしですか」

「会ったらすぐに、気持ちよく()かせますよ」


 四頭立ての馬車が、歩道ぎりぎりを駆けて来る。


「では迎えが来ましたので」

「!」


 馬車に身投げをしたかと思ったが、違う。

 馬車の後部の通常は護衛が立つステップに、男は飛び乗っていた。


「次のランデブーを楽しみにしていますよ」


 男が優雅に投げキッスを送って来た。


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