願ったり叶ったり?
殿下とコルネ伯爵の婚約式、その後の宮廷晩餐会も無事終わった。
私とルベール嬢、爆破事件で軽傷を負った平民がいたものの。それ以外で大きな怪我人は出ていない。しかも爆破事件は、事件として取り上げられたが、私の方は公にはなっていない。
よってこの結果を街の新聞では『かつてない平和な公式行事』と大々的に報じていた。なんでも現国王の戴冠式の時は、式の前後で各国のスパイが暗躍し、橋が一つと落とされたり、郊外の離宮が火災に遭うなど、それはそれは大変だったらしい。
ということで表向きは、ほぼ完璧に終わった殿下とコルネ伯爵の婚約式。結婚式は約一年後で、その時は婚約式以上に盛大なものになるだろう。婚約式なので、名代を立てていた国も、次は国王、皇帝が出張ってくるはずだ。
でもそれまではこれほどの大きな行事はないだろう。建国祭も収穫祭も毎年のこと。ニューイヤーイブやニューイヤーの行事は国内行事になる。
(とにかくしばらくは平和な日常を送り、私はお給金を貯めてルイーザ様と子羊のカツレツを食べに行くわ!)
揚げたての子羊のカツレツの、サクッとじゅわ〜を思い出すと、生唾をゴクンと呑んでしまう。
「オルリック嬢、そろそろ洗濯物、取り込んでくれるー?」
「はーい」
束の間の休憩時間。テーブルの上のカップを手に取り、私は立ち上がる。洗い場でカップを洗うと、使用人の休憩部屋を出て、ランドリールームへ向かう。そこから裏口を出ると……。
一年で一番気候のいい六月。空は晴れ渡り、ちぎれ雲は遠くにポツポツ。綺麗に干されたシーツはサンサンと陽光を浴び……。
「うん、いい香り。お日様の香りだわ!」
私は洗濯籠を手に、次々とシーツを取り込む。
「……!」
何か気配を感じた。
(誰かに……見られている気がする)
次の瞬間。
真っ白なシーツの端から、にゅっと手が伸びてくる。
「!?」
そこからは洗濯籠を置き、シーツの隙間を使い、敵を追いながらのバトルになる。
手の大きさ、長さ、シーツの下から見える上質な革靴。敵は男性、相当な身分、そして……。
(かなり動ける!)
私は女性であることから身軽に動けるのが強みでもある。その私の動きに、敵は遅れずについてきていた。
(しかもシーツがあるから、動きを読みにくいはずなのに!)
そしてそれは本当に一瞬の出来事だったと思う。敵の動きに感服してしまったまさにその時。
「はい、隙あり」
気づいたら私は干していたシーツに包まれるようにして、後ろから抱きしめられたような状態。そして声の主を私は知っている!
「……ジーク……!」
「正解! 覚えていてくれて光栄だよ」
「諜報部って暇なんですか? こんなところでメイドにちょっかい出して給金は私たちの倍以上ですよね!? 随分、お気楽ご気楽な身分じゃないですか! 私、諜報部に転属希望出そうかな(怒)」
前回に続き、今回も。
ジークに一本取られたことにキレそうだった。
なぜなら私は問題児令嬢としてほぼ無双だったのだ。相手がひ弱な令嬢や絶対に抵抗しない使用人だったから無双出来たのかもしれない。
それでもプライドがある。
こうもあっさりジークにやられることに、自分自身が許せなかった。
「おうおう、それは願ったり叶ったりだ」
「!?」
「まさにリエットをリクルーティングしに来た! いゃあ、話が早くついて良かった。はい。これ、雇用契約書。これにさっさとサインしてくれれば……おめでとう、リエットも晴れて高給取りの一員だ!」
そういうとジークはシーツに包んだ私を回転させる。私はバレエダンサーのように回転してシーツから飛び出し、目の前で広げられた雇用契約書を目の当たりにすることになった。
「ジーク! 人のことを勝手に愛称で呼ばないでください! しかもリエットなんて、恋人同士が呼ぶような愛称! それに私は諜報部になんか……」
そこで固まる。
「給金は月俸制ではなく、年俸制。初年度の年俸は……えっ、嘘……」
「嘘じゃない。出世したら年俸3000万ゴールドも夢じゃない」
「なっ、だって、私、なんの取り柄もないのに……」
するとジークは優雅に私の手をとる。
「あのね、リエットちゃん。男爵令嬢でメイドで、他国のスパイの男をのしることができるなんて、誰でも出来ることではないから」
「!」
「それに一応、僕は諜報部ミラーの副長官。その僕が直々にリエットの動きを見て、伸びしろがある、この子は諜報部向けと判断したわけ。この意味、分かる?」
赤銅色の瞳を細め、ジークが白い歯を見せ、爽やか全開の笑顔を浮かべる。
「えーと、分かります。ミラーの副長官は暇人で人をからかうのが得意なのだと」
「違う、違う! 僕がリクルーティングするなんて余程だから! 山のような履歴書が届くし、仕方なくテストするけど、これまで通過者ゼロだから」
「!」
「おっ、脈アリかな?」
上目遣いでこちらを見上げるジークは、数多の令嬢を胸キュンさせそうな秀麗なもの。
「そうですね。ちょっと驚きました。私なんかにそんな価値があるのかと。でも嬉しいです……」
はにかみ笑いで頬を赤くすると、ジークはハッとする。
「リエットはそんな顔も出来るんだ。……うん、君は僕が見つけた特別だよ」
ジークが目を閉じ、私の手の甲にキスをしようとした瞬間。
「隙あり!」
「!? ちょっと、リエット、君、今、僕の急所蹴り上げようとした!?」
「はい。私、勝つためなら手段は選びませんので」
目を大きく見開いたジークだったが、すぐに笑い出す。
「リエット! やっぱり君は最高だ! そーゆう豪胆なところも気に入った。君の任務はメイドとしてコルネ伯爵の護衛に就くこと。ルベール嬢のような事件があったからね。コルネ伯爵の身辺警護を強化したいと殿下は考えた。新たに雇う人間はマークされやすい。そう考えると君は事件以前に採用されている。そしてメイドなのに諜報部とは誰にもバレていない」
「それって……今と何が変わるんですか?」
「まず、給金だろう? 次に、今より強くなる。そしてコルネ伯爵に感謝されて、仲間から尊敬される!」
何それ、いいことずくめではないですか?
断るなんてありえないわ!
お読みいただき、ありがとうございます~
元問題児令嬢、天職に出会う!?
そして本日より始まった新作
『わたくし悪役令嬢ですから!』
https://ncode.syosetu.com/n7996lg
こちらもぜひお楽しみくださいませ☆彡
ページ下部にバナー設置済です






















































