彼女の過去
この世界に誕生した私のことを、両親は心から愛してくれた。
幼い頃、私の部屋には沢山のぬいぐるみ、素敵なドレス、そしてすぐに履けなくなるのに、いっぱいの愛らしい靴が並べられている。
「イヴ、欲しい物があったら、父さんに言ってごらん。なんでも買ってあげるよ」
「イヴ、食べたい物があったら、お母さんに言ってね。舶来品でも何でも、取り寄せるから」
両親から溺愛され、私はすくすく成長する。
屋敷には大勢の使用人がいて、お茶会には私と仲良くなりたい令嬢がわんさかと集まるのだ。手には素敵なプレゼントを持って。
毎日が輝いていた。
満たされ、幸せだった。
そんな日々に陰りが見え始めるのは私が十五歳の時。
ルベール侯爵家では代々十五歳でデビュタントへ参加する。よって私が十四歳の時から、我が家の出費はどんどん増えて行く。
デビュタントのドレスや宝飾品の用意もそうだが、そこから始まる婚約者探しに備え、多額の持参金を確保する必要がある。父親は「よし。父さんが頑張って稼ごう」と商会経営に力を入れ、工場の稼働率を上げていた。
もう亡くなってしまったが、父方の祖父は商才に優れた人だった。祖父の代でルベール侯爵家はこれまでの軍人一族から一転、商業一族へとシフトできたと思う。
かつては大陸にある多くの国々が覇権を求め、血なまぐさい戦乱の時代を過ごしていた。だが戦というのはお金がかかる。どこの国も悪天候による飢饉や流行り病を受け、戦争どころではなくなった。自然と戦の数は減り、和平条約が結ばれ、今となっては平和な時代である。
(大規模な戦争は確かになくなった。その代わり、国のトップを直接狙う暗殺や諜報活動がメインとなったわ。ゆえに精鋭の凄腕の護衛騎士の育成がメインとなり、大軍を率いて武功を立てる必要性はなくなった。かつて多数の指揮官を輩出し、侯爵まで上り詰めたルベール家も、武功以外で生き残りをかける必要があり、それに成功したのがお祖父様だったのね)
祖父は商才に長けていたが、お父様は……。
祖父ほどではなかった。よって祖父が築き上げた物を守り、安定経営を行うか、能力のある右腕となる人物を雇えばよかったのではと思う。
(お父様はお祖父様のことを子どもの頃から見て育った。お祖父様の栄光を自分のものと勘違いしてしまったと思う。お祖父様ができたのだ。自分もできる……そう勘違いしてしまった)
父親は新しい事業に手を出したが、思わしい結果は出ない。それでも祖父が築いた財産もある。私は無事、デビュタントに参加できたし、婚約者探しもスタートしていた。
デビュタント後に参加した舞踏会で、私は一人の令息と知り合う。伯爵家の嫡男で、シルバーブロンドに白水色の瞳の、とてもハンサムな青年だった。
ダンスをして、その後、おしゃべりをした。
そこでお互いの身分を明かすと、彼はこう言ってくれたのだ。
「君のような女性を探していました。ルベール侯爵家の令嬢なら、父上も反対しないと思う。求婚状を送ってもいいでしょうか?」
「えっ、それはつまり……」
「君に一目惚れしました。……君は僕のこと、どう思いますか?」
どう思うか。それは……。
「私も実は一目惚れでした!」
まるでロマンス小説の主人公になった気分だった。
お互いに一目惚れして、結婚を誓いあう。
相手は伯爵家で、我が家より格下になるが、男爵家や子爵家ではない。両親から反対される可能性は低いと思う。
そこから数日はドキドキしながら待つことになる。
求婚状を受理した両親は、まず私の気持ちを確認してくれた。
「はい。私は彼と婚約し、結婚したいと思っています!」
「そうか。結婚相手は同じ侯爵家の令息がいいと思っていたが、イヴが乗り気なら、反対する必要はないだろう」
「そうね。好きな方と結ばれるのが一番だわ」
両親は快諾し、婚約のための手続きがスタートした。
「お嬢様、マダム・エクセレントが明日、お会いしたいそうです。ウェディングドレスの新作コレクションをお見せしたいとか」
どこそこの令嬢と誰それの令息が婚約するらしい……そんな噂は日常茶飯事で社交界で飛び交っている。商売人はそう言った情報に敏感だった。
「まあ、まだ婚約も交わしていないのよ? 随分と気が早いわね」
「確かにそうですが、新作ですよ、お嬢様! 見るだけでも目の保養になりますわ」
侍女にそう言われ「それもそうね。仕方ないわ。明日、午後に来るように伝えてちょうだい」と答えているが……。
心の中ではもう狂喜乱舞。
(ウェディングドレス、試着していいのかしら!?)
まさにこの時の私は、人生の栄華を極める……そんな状態だったと思う。
もしもこのまま、何も問題がなければ、私は未来の伯爵夫人になれたはず。
しかし問題が浮上する。
「今月、十五名の工員が辞表を提出しました。皆、近隣で新たに稼働を始めるテレンス公爵の工場で働くと、辞めて行きました」
工場長が月末に顔面蒼白で我が家にやって来た時、何事かと思った。気になった私は応接室の様子をこっそり伺い、工場経営で大きな問題が起き始めていることを知ってしまうのだ。
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白水色は筆者の造語で乳白色な水色をイメージしています~






















































