Dead or Alive
「よって今この時から、君はわたし付きの正式な侍女になりました。スコット、契約書を」
レグルス王太子殿下の言葉に「何ですって!? そんな話は聞いていませんが!」と叫びたくなるのは我慢する。
代わりでコーデリア第二王女殿下が、ぽわんとした笑顔で言っていた言葉を思い出す。
『お兄様、信頼した相手にはとことん入れ込むタイプなの。だからスコット筆頭補佐官なんて、お兄様から二十四時間三百六十五日、離れられなくなっているわ。コルネ嬢も頑張ってね』
(とことん入れ込む……ようは使えるとレグルス王太子殿下が認定した人材は……逃れられないんだわ。コーデリア第二王女殿下も、それをよく理解していた。だから私がレグルス王太子殿下付きの侍女になることは、避けられなかったということね……)
事前に私に何か言えば「そんなの困ります!」となるかもしれないと、コーデリア第二王女殿下は考えた。そこであえて何も言わず、流れに任せたのだろう。
(今さらだけど「コルネ嬢も頑張ってね」が、コーデリア第二王女殿下からの手向けの言葉だったのだわ)
これにはもう「トホホ」であり、後の祭りだった。
王太子殿下付きの侍女になれる。通常は名誉あることで、喜んでいいはず。だがレグルス王太子殿下の場合だと違う。
なぜなら彼は……氷の王太子、冷徹な王太子と恐れられているのだ。重鎮たちとの会議でも物怖じせずに発言し、しかもそれは的を射たもの。論破された重鎮はその能力不足が露呈され、大恥をかき、場合によっては降格になることもある。ゆえに敵を作るだろうし、暗殺者に命だって狙われるのだろう。過去の暗殺の黒幕が、レグルス王太子殿下に罷免された元大臣だったこともあったという。
しかもその正論な厳しさは、重鎮にも向けられれば、使用人も適用されるのだ。ゆえに王宮付きの使用人、特に王太子付きの使用人は「失敗は許されない。失敗は命取り」と言われているぐらいだった。
これまで私が彼に関わったのは、あくまで第二王女殿下付きの侍女としてなのだ。そこには逃げ道があった。粉薬の件だって、いざとなれば「大変申し訳ありません! 良き方法が浮かびませんでした!」──これで逃げることもできた。でも王太子殿下付きの侍女になったら違う。
パーフェクト侍女にならないと生き残れない……!
私には姉が二人いて、共に絶世の美女と言われていた。六歳と八歳で美少女の噂が広まると、早々に婚約者も決まった。対して三女の私は……平々凡々。前世同様で、これといった秀でているところはない。
よって縁談話も特になく、このままでは訳あり令息か後妻、金目当ての成金貴族に嫁がされてしまう……。そんな売れ残り貴族令嬢の末路が迫っていると感じ、行儀見習いということで、宮殿勤めを始めたのだ。
出来れば目立たず、平凡な自分に相応しい人生を送りたかったのに。レグルス王太子殿下付きの侍女などになっては、毎日をフルスロットルで生きねばならず、そして止まったら死ぬ!
回遊魚が泳ぎ続けないと死ぬように、私も立ち止まったらデッド! そんな主に仕えるなんて……!
そう思ったが、スコット筆頭補佐官はニコニコと契約書を私に渡し、「ここにサインをしてください」と言うではないですか!
(逃れる方法はないの? ……ないわね。王太子の命令だもの。問答無用よ……)
諦めで契約書を見てビックリ!
(一か月の給金が50万ゴールド!? そんなに頂けるの!?)
貴族令嬢と言えど、三女ともなると、両親からそこまでお金をかけてもらえない。特に我が家は上の姉二人が将来有望だったこともあり、そちらへ多くが投資され……。
行儀見習いに出て良かったことは、毎月のお小遣いが増えたことでもあった。
(Dead or Aliveのレグルス王太子殿下の侍女だけど、この給金なら……やる価値はあるわね!)
《50万ゴールドでは少なかったか。わたしは100万ゴールドを出す価値はあると思ったが、スコットが止めたからな。だが契約書を見ても無表情だし、ここはやはり100万に》
レグルス王太子殿下の心の声がバッチリ聞こえ、私は慌てて声を上げる。
「スコット筆頭補佐官、ザッと見る限りこの契約内容で問題ないので、もうこの場でサインをしましょうか!?」
「!? いえ、契約書は大切です。弁護士にもお見せになった方がいいかと」
《スコット、余計なことを! 本人の気が変わったらどうする!》
心の声で叫んだレグルス王太子殿下は、落ち着いた声音でスコット筆頭補佐官に声をかける。
「わたしの羽根ペンとそのインクをコルネ嬢に下賜する。それを使い、サインすればいい」
「えっ、でも殿下!?」
「彼女は今、この瞬間からわたし付きの侍女なんだ。契約は一刻も早く成立させるべきでは? 後日弁護士から変更の要請があれば対応すればいい。解除以外であれば」
スコット筆頭補佐官が目を白黒させているのは、冷静な声音でレグルス王太子殿下は話しているが、その内容がぶっ飛んでいるからだろう。
かつ心の声は……。
《早くサインしてもらうんだ! 本人がサインすると言っているのだから!》
大変焦っている。
(私、侍女としてそこまで有能ではないと思うのだけど、余程粉薬が苦手だったのね、レグルス王太子殿下は)
そう苦笑するしかなかった。
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