人生初
父親が私の更生を諦めた……!
それは衝撃だったが、私はめげなかった。
修道院でも新人いびりをしては、それが父親に報告され「大人しくするんだ」と手紙が送られてくる。その手紙を受け、私は「もし大人しくしろと言うなら、厚手のウールの膝掛けを送ってください。色は濃いパープルでお願いします」と返事を送る。
ウールは濃い色への染色が難しい。特に紫は染料自体の入手も難しいので、上位貴族や王族、聖職者が好む色でもあった。
(これで父親も今月も私のためにお金を使い、気を病むことにはなるわね)
父親から離れても、その関心を集められる自分に鼻高々になっていた。それに何かと問題を起こす私は修道院内でも一目置かれている。
(修道院に入ったのは正解だったのでは?)
そんな意気揚々だった私の鼻がへし折られる事件が起きる。
ルイーザ・マリー・テレンス。
元公爵令嬢によって。
でも最初はルイーザにより屈辱を受けるなんて、想像していない。よって、とんでもなく高貴の身分の令嬢がやって来るなんて、クーシュケット修道院創立以来だと思う――などと牧歌的に考えていた。
そしていよいよルイーザと対面となった時、私はこう思っていた。
(公爵令嬢なんて、会ったこともなかったわ。貴族社会でトップに君臨し、きっとルイーザは蝶よ、花よと育てられたに違いない。打たれ弱い元深窓の令嬢、でも今はただの平民。……いじめ甲斐がありそうね。……でも彼女をいびっても、修道院の職員たちは止めるかしら? お父様に「またオルリック嬢が暴れている」と手紙を書いてくれるかしら? それだったら……)
そんなふうに考えていたが、ルイーザを目の当たりにした瞬間。それはもう高貴で美しい薔薇のようにしか見えない。
私と同じ修道服を着ているのに、凛として品があり、近寄り難いオーラもあるのだ。
(こ、これが公爵令嬢なのね……!)
圧倒された。
(で、でも、彼女はもう平民よ! あんな澄ました顔をしているなんて……なんだか許せない!)
すべては過去のことであると分かっている。ルイーザが全てを手にしていたのは昔の話。今は一文無しのただの平民だ。
(それでもきっと両親から愛情を一身に集め、ちやほやされて育ったはずよ。彼女は私が手に入れられなかった物を、全て持っていた)
今は全て失ったルイーザなのに、私は彼女に嫉妬し――。
「まあ、ごめんあそばせ」
「あら、雑巾臭くなってしまったわね」
「それならそのまま洗濯をお願いできる? ほら!」
床掃除に使った汚れたバケツの水を、ルイーザに浴びせてやった。そして私の取り巻き令嬢と共に、ルイーザに嫌味たっぷりの言葉を投げかける。
(さあ、元公爵令嬢。これが世間の荒波よ!)
口角が上がるのが止まらなかった。
「ええ、喜んでお洗濯しますわ!」
ルイーザから発せられた言葉は意味不明。そこは「なんてヒドイことをするのですか」と泣きながら震えるのではな……。
次の瞬間。
鼻をつまみたくなる臭い匂いがする。
「やめて! 臭い! やだ! 私も臭くなったわ!」
汚い水を浴びたルイーザが、私に抱きついてきたのだ! これには辟易し、ルイーザを突き飛ばす。
だが。
パンという音と、頬に感じる痛みと熱。
何が起きたのか分からなかった。
頬を平手打ちされるなんて、人生初のこと。
(お父様にもぶたれたことないのに……!)
呆然とする私にルイーザは冷静に告げる。
「手伝いなさい。この量を一人でできるわけがないでしょう!」
問答無用の圧のあるルイーザの言葉に激震し、思考はまともにすることができない。
「……わ、分かりました……」
気づけばそう答えていた。
◇
ルイーザ様と過ごした修道院での時間。
それは夢のようだった。
私は初めて誰かに対し、心から尽くしたいと思うようになったのだ。
あの日、ルイーザ様は私の目を真っ直ぐに見て、最後まで逸らすことがなかった。
父親も母親も兄も。
私と目が合うと、すぐに逸らす。
面倒な娘。関わりたくない。手に負えない奴と、私という存在を敬遠していたと思う。
でもルイーザ様は違った。
凛としたその瞳で私をちゃんと見てくれたのだ。
そこから私は……心の持ちようが変わった。
「ルイーザ様。父親を脅したら、羊毛の靴下を送ってくれました。どうぞお使いください」
「……オルリック嬢、脅すなんてしないで、普通に頼みなさいよ……。でも、プレゼントは有難く受け取る主義なの。ありがとう」
もう父親の愛情なんていらない。
ルイーザ様が笑顔になってくれれば。「ありがとう」と私に向けて言ってくれれば。他には何もいらない――そんな気持ちになっていた。
(ずっと、ずっと、この修道院でルイーザ様と幸せに暮らすわ)
そう思っていたが、ルイーザ様の魅力に気付いている人物が別にいたようだ。その相手はアンジェリカ・リリー・コルネ。コルネの名は私でも知っていた。コルネ侯爵令嬢といえば、絶世の美女姉妹だ。私の兄もこう言っていた。
「ああ、コルネ侯爵令嬢姉妹はなんて美しいのだろう。姉でも妹でもいい。どちらかと婚約したい……」
てっきり姉と妹の二人姉妹かと思ったら、違っていた。三女もいたようだ。社交界で噂になることもない、地味な末っ子かと思いきや……。
(驚いたわ! 氷の王太子と言われるレグルス王太子の心を射止めていたなんて! きっと二人の姉を上回るこの大陸一の美女なのね……! しかも何やらいろいろ発明もしているらしく、伯爵位を授かったなんて!)
修道院では新聞も読めないし、コルネ伯爵の姿は分からない。ただ王太子の婚約者が決まったことは、閉鎖的な修道院内でも噂になる。しかも才女であることは理解した。
(でもまさかそのコルネ伯爵が、ルイーザ様を自身の侍女に指名するなんて……!)
お読みいただき、ありがとうございます!
テレンス嬢との出会いにより、オルリック嬢の人生は変わっていく……!
来週は月~水は朝、木金はお昼、土日は夜更新にしてみます!
ご都合のよいタイミングで無理なくお楽しみくださいませ☆彡






















































