何でしょうか?
屋根裏部屋に毎晩差し入れをしてくれるわたくしのパトロン。まさかそれはスコット筆頭補佐官なのでは?
その疑問をストレートにぶつけると、彼は「降参です」とばかりに手を上げる。
「……はい。僕です」
「! なぜ……もしかしてコルネ伯爵が……?」
コルネ嬢は回りくどいやり方はしないと思うが、スコット筆頭補佐官が自発的にわたくしのパトロンになるとは思えない。
違うとは思いつつ、コルネ嬢の名を出していた。
「……最初はテレンス嬢のことを悪女だと思っていました」
「それは……そうですわよね。わたくしが工場にコルネ伯爵のことを呼び出したので、彼女は危険な目に遭うことになりました」
「はい。よってコルネ嬢があなたを侍女に迎えると言った時は反対でしたし、レグルス王太子殿下にも異を唱えました」
スコット筆頭補佐官の行動に文句はない。悪女と思われることをしたのは、確かにわたくしなのだから。
「…… レグルス王太子殿下も反対でしたわよね」
「ええ、最初は僕と同じでした」
「最初、は?」
こくりと頷いたスコット筆頭補佐官はストロベリーの果実水を口に運ぶ。
「反対していたのですが、コルネ嬢の話を聞き、レグルス王太子殿下は考えが変わりました。さらに僕は殿下の言葉によって、反対ではなく、様子見をすることを決めました」
「様子見……監視されていたのですね」
宮殿にはスパイや暗殺者が潜入することもある。ゆえに「様子見」それすなわち、「監視」であり、そんなことが行われるのは日常茶飯事だった。とはいえ、貴族であれば、自身が監視対象になるのは、実に不名誉なことだった。ゆえにスコット筆頭補佐官は、ばつの悪い表情で頭を下げる。
「勝手に申し訳ありません」
「いえ、当然のことだと思いますわ。一度起こしてしまった罪は、なかったことには出来ません。また何かすると思われても……仕方ないとわたくし自身が思いますから」
わたくしは既に貴族ではないし、それに自らの行動には責任を持つつもりだ。そうすることは……わたくし自身の信念でもあった。
「監視をしていて気づいたのは、テレンス嬢の美点ばかりでした」
スコット筆頭補佐官のこの言葉には「!?」と驚くことになる。
「わたくしはただの侍女で、お金もほんとど持っていませんわ! 褒めたところで何も出来ませんわよ!」
「それは分かっています。テレンス嬢から何かを得ようとは思っていません。ただ、事実を述べただけです」
「じ、事実!?」
驚愕するわたくしに、スコット筆頭補佐官は語り続ける。
「テレンス嬢は意地悪をするルベール嬢の悪意を見事に受け入れ、まさに聖女のように浄化されましたよね」
「! そんなことはありませんわ! わたくしは聖女なんかではないですから!」
「でもあなたはルベール嬢と真正面から向き合い、彼女の迷いを晴らしました。もしそうしなければ、ルベール嬢はネチネチ嫌がらせを続けたでしょう。それは……とても恥ずべき行為です。貴族の品格を問われる行動。ルベール嬢の名誉を守ったのは、テレンス嬢ですよ。立派だと思います」
わたくしを褒めてもどうにもならないのに、賞賛の言葉を送ってくれるスコット筆頭補佐官の真意を計りかね、思わず尋ねてしまう。
「スコット筆頭補佐官。Flattery will get you everywhere.(お世辞ですべて上手くいく)のおつもりですか? 何が目的なのです? そんなよいしょをなさらなくても、レグルス王太子殿下もコルネ伯爵も信頼するスコット筆頭補佐官の頼みであれば、わたくしは喜んでお受けしますわ」
「ち、違います! 本当に違うのです。ただただ、テレンス嬢を監視していたら、その……あなたを応援したい気持ちになっていました」
「え……」
スコット筆頭補佐官はその真意を遂に打ち明けてくれる。
「監視を続ければ続けるほど、テレンス嬢は悪女には思えません。凛として、自分自身に誇りを持ち、今の苦境に負けない強さがある。そんな強い精神力がある一方で、体は痩せ細っていて……。そんな姿を見たら、自然と美味しい物を届けたくなっていました。でも急に僕がそんなことをしたら、警戒されると思ったのです。よって匿名で届けてもらっていました」
これを聞いたわたくしは「ああ、なるほど」と納得することになる。
(痩せ細った野良猫を見て、餌をあげたくなったのと同じね)
そんなふうに腹落ちできた。
「なるほど……。本当にスコット筆頭補佐官の善意だったのですね」
「善意……善意だけではないかもしれません」
これには「!」となる。
善意以外もあるの……?と。
「善意以外……やはりわたくしから何かを得たいのでしょうか?」
「そうですね」
「……分かりました。あれだけ沢山の差し入れをしていただいたのです。わたくしで応えられる要望であれば、対応したいと思います」
「テレンス嬢でなければ、対応できないと思います」
これはかなりプレッシャーであるものの、うやむやにはできない。
「何でしょうか?」
「テレンス嬢の心が欲しいのです」
「えっ……」
「最初は監視対象でした。でも……テレンス嬢の人柄を知ってしまったら……。好きになってしまいました。あなたのことを」
お読みいただき、ありがとうございます~
ここはお約束のあの曲『愛がすべて(Can't Give You Anything)』がラストで流れる感じで!
トランペットのあのオープニングの響きがピッタリ~
次話でスコット筆頭補佐官が胸の内を明かす!