始まり
息が止まりそうになる。
仲秋の今、気温は過ごしやすく快適なはずなのに。
全身に鳥肌が立ち、寒気を感じていた。
さらに恐怖で崩れ落ちそうだった。
ここは……アトリア王国の首都アビオールにある宮殿の一画。普段から人気の少ない場所ではある。だからと言って。目の前で人が殺されかけている。そんなことが起きていいわけではなかった。
だが。
配備されていた警備兵は、視界に入る限り全員倒されている。さらにレグルス王太子殿下を守る護衛騎士は、一人、また一人と倒されていた。
護衛騎士は精鋭のはずだ。
その彼らがこうもあっさり倒されるのは……。
敵は警備兵の装いをしているが、間違いなく暗殺者。しかも所持している剣は曲剣だ。刺すより、切るを得意とする剣だけあり、倒されている警備兵も護衛騎士も、ほぼ全員が首を切られている。つまり頸動脈を切られ、間違いなく即死状態。大理石の白い床には次々と血だまりが広がる。
「うっ……」
ついに最後の護衛騎士も倒され、レグルス王太子殿下が五人の暗殺者と対峙することになった。
「はあっ」
キン、キン、キン
鋭い金属音がして、レグルス王太子殿下はたった一人で五人の刃を受け返している。しかも彼の動きは無駄がなく、速い。
「うわあっ」
暗殺者の一人が倒れた。
レグルス王太子殿下のシルバーホワイトのマントに、鮮血が飛び散った。だが彼の着ているセレストブルーのセットアップの胸の部分が、赤く染まっている。
一人で五人の相手、しかも一人を倒しても、まだ四人いるのだ。しかもレグルス王太子は怪我を負ってしまった。
圧倒的に不利な状況。そして私は吹き抜けの建物にかかる渡り廊下から、階下で起きている暗殺の犯行現場を目撃することになっている。
「ぐわっ!」
「くそっ! 相手は王太子一人なんだ! 押されるな!」
レグルス王太子殿下のアイスシルバーの髪が乱れ、新雪のような肌に血が飛び散り、目の前で暗殺者がまた一人倒れた。だがレグルス王太子の左腕から血が流れている。
私は……宮殿で行儀見習いで侍女をしているに過ぎない。今は倉庫から新品の紙の束を取りに行き、それを第二王女殿下に届けようとしていただけだった。武器を所持していなければ、武術の覚えなどなかった。
もしそっとこの場から立ち去れば、私の命は助かるだろう。しかし目の前で人が殺されかけている。それを見過ごすことはできない。
せめて敵に隙を作り、時間稼ぎができれば……。
そこでハッとする。
第二王女殿下が突然「私、小説を書くわ!」と言い出し、倉庫へ向かうことになった。その倉庫から王宮へ戻ろうとしている今、私は大量の紙を持っているのだ。
(これを階下に向けて投げ落とせば、敵の気を引き、隙を作ることが出来るはずよ!)
そこからは無我夢中の行動だった。
紙を一回、二回、三回と分けて投げ落とすと、それはバラバラとなり紙の雨を降らす。同時にパンプスを脱ぎ、素足で階下へ続く螺旋階段を駆け下り、裏庭へと向かう。
裏庭には警備兵がいるはず。
「なんだ、あれは!」
「紙!?」
「目撃者がいるぞ!」
「追え!」
少なくともレグルス王太子殿下を狙う暗殺者は、一人減ったはず。その一人は私を追っている!
心臓が早鐘を打ち、これが現実の出来事とは思えない。
普段、運動をしているわけではないから、すぐに息が上がってしまう。それでも深窓の令嬢と違い、侍女をしていると、宮殿内を動き回るので、ただの貴族令嬢よりは動ける。
自分では全力で駆けていたが、実際には……。
「おい、待て、女!」
すぐに暗殺者に見つかる。
「!」
目の前に見えた血だまりに血の気が引く。
そこにいるはずの警備兵は殺されている……!
(私のばか! それぐらい気づきなさいよ! レグルス王太子殿下が狙われ、戦闘になっているのに、裏庭の警備兵が駆けつけないわけがない。彼らが先に倒され、レグルス王太子殿下が狙われたに決まっているじゃない!)
でも私は宮殿で第二王女殿下に仕える侍女に過ぎない。咄嗟にそんな状況判断なんてできなかった。
「ふさげた真似をしやがって!」
声に振り返ると、すぐ後ろに浅黒い肌に髭を生やした暗殺者が迫っている。
(逃げなきゃ、逃げないと殺される……!)
そうは分かっても、目の前には警備兵の死体と血だまり。
恐怖で身がすくみ、動けなかった。
(どうして、どうして、こんなことに!? 私は侯爵家の三女で、ただ宮殿で第二王女殿下付きの侍女をしていただけなのに! ここは戦場でもないのに、なんで殺されないといけないの!)
恐怖より怒りの感情が勝ることで、なんとか固まっていた足が動いてくれる。そこで走り出したが……。
「きゃあっ」
もう一人、倒されていた警備兵がいて、その体につまずき、私は派手に転んでしまう。ビリッと音がして、着ているレモン色のドレスも破けてしまった。
「くそっ。弓を持っているブルーノが追えばよかったんだ!」
暗殺者はそんな小言を口にできるぐらい余裕な様子でこちらへと駆けてくる。一方の私は必死に立ち上がろうとするが、もうダメだった。
(腰が抜けてしまったわ。もう立ち上がれない……!)
「お終いだ、お嬢ちゃん。あの場に居合わせたのはついていなかったな。だが、楽に殺してやるよ。この曲剣は切れ味がいい。あっという間に終わる」
四つん這いになった状態で振り返ると、すぐそばに暗殺者がいて、切れ味がいいと言う曲剣が目の前に見えていた。
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次話は『死を自覚』
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