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真実の告白

翌朝、セレスティアとレオナルドはモンテヴェルデ村を出発した。ポルトディマーレまでの道程は約120キロメートル。午後には到着できるだろう。


道中、二人はほとんど会話を交わさなかった。セレスティアは何を話せば良いのか考え込んでおり、レオナルドも複雑な心境を抱えていた。


午後、二人はポルトディマーレの町に到着した。港には相変わらず漁船が停泊し、漁師たちが忙しく働いている。セレスティアは『海風号』を探したが、港にはなかった。


「マルチェロの船が見当たらないな」セレスティアが心配そうに呟いた。


港で漁師に尋ねてみると、「マルチェロなら今朝早くから沖に出ている」との答えが返ってきた。


「夕方には戻ってくる予定だ」年配の漁師が教えてくれた。「何か急用かね?」


「いえ...大切な話があるのです」セレスティアが答えた。


二人は『海鳴り荘』に部屋を取り、マルチェロの帰りを待つことにした。セレスティアは緊張で落ち着かず、何度も窓から港を見下ろしていた。


「殿下、お気持ちは分かりますが、少し休まれてはいかがですか?」レオナルドが提案した。


「そうだな...でも、何を話せば良いのか分からない」セレスティアが不安そうに答えた。


「正直にお気持ちをお話しになれば良いのです」レオナルドが励ました。「殿下の誠実さは、必ず伝わります」


夕方、ついに『海風号』が港に戻ってきた。セレスティアは急いで宿を出て、港に向かった。レオナルドも少し距離を置いて付いてくる。


マルチェロは一人で船の片付けをしていた。セレスティアの姿を見つけると、複雑な表情を浮かべた。


「セリア...さん」マルチェロが戸惑いながら呼んだ。「戻って来られたのですね」


「ああ」セレスティアが近づいた。「君に話さなければならないことがある」


「僕もです」マルチェロが答えた。「でも、まず僕から...」


「いや、私が先に話させてくれ」セレスティアが遮った。「君に嘘をついていた。申し訳ない」


マルチェロが困惑した。「嘘?」


「私は...商人の娘ではない」セレスティアが深呼吸した。「私の本当の名前は、セレスティア・ルミナール。ルミナール王国の第三王女だ」


マルチェロは呆然とした。しばらく言葉が出ない。


「王...女?」マルチェロがようやく絞り出した。「まさか...」


「本当だ」セレスティアが真剣に見つめた。「私は身分を隠して王宮を抜け出し、各地を旅していた。君に出会ったのも、その旅の途中だった」


マルチェロは船べりに手をついて、頭を垂れた。「それで...全部説明がつきます。話し方、立ち振る舞い、剣術...僕は王女様と...」


「待ってくれ」セレスティアが急いで言った。「私は君に王女として扱われたくない。セリアとして、一人の女性として見てもらいたい」


「でも、僕は一介の漁師です」マルチェロが苦しそうに答えた。「王女様とは...あまりにも身分が違いすぎます」


「身分など関係ない」セレスティアが強く言った。「私が愛しているのは、誠実で優しい君という人間だ。王女だからといって、その気持ちが変わるわけではない」


「愛している...?」マルチェロが顔を上げた。


「ああ」セレスティアが率直に答えた。「君を愛している。生まれて初めて抱いた感情だ」


マルチェロの目に涙が浮かんだ。「僕も...僕もセリアさんを愛しています。でも...」


「でも?」


「現実は厳しいです」マルチェロが悲しそうに微笑んだ。「王女様が一介の漁師と結ばれることなど...」


「不可能ではない」セレスティアが反駁した。「愛があれば、どんな困難も乗り越えられる」


その時、後ろからレオナルドが近づいてきた。


「失礼いたします」レオナルドが丁寧に挨拶した。「私は王女殿下の護衛騎士、レオナルド・ベルナルディです」


マルチェロは慌てて頭を下げた。「は、はじめまして。マルチェロ・ロッシです」


「お噂は殿下からお聞きしております」レオナルドが優しく言った。「素晴らしい方だと」


マルチェロは困惑した。王女の護衛騎士が、自分のような漁師に敬語を使うなど、想像もしていなかった。


「あの...」マルチェロが恐る恐る尋ねた。「本当に王女様なのですか?」


「疑うのも無理はない」セレスティアが苦笑いした。「でも、本当だ。証拠が必要なら...」


セレスティアは荷物から、王家の紋章が刻まれた指輪を取り出した。


「これは王家の者だけが持つことを許される指輪だ」


マルチェロは指輪を見て、ついに現実を受け入れた。目の前にいるのは、本物の王女だった。


「それで...」マルチェロが震え声で尋ねた。「僕に何をお求めなのでしょうか?」


「何も求めない」セレスティアが即答した。「ただ、君の隣にいさせてもらいたいだけだ」


「でも、僕のような者では...」


「マルチェロ」セレスティアが彼の手を取った。「君は私が出会った中で最も素晴らしい人だ。身分など、愛の前では些細なことだ」


マルチェロは戸惑いながらも、セレスティアの手の温かさを感じていた。


「僕には何もありません」マルチェロが正直に言った。「この船と、漁師としての腕だけです」


「それで十分だ」セレスティアが微笑んだ。「君の誠実さ、海への愛、生きることへの誇り。それが私の愛する君の全てだ」


少し離れた場所で、レオナルドが複雑な表情で二人を見守っていた。セレスティアの幸せそうな顔を見て、自分の気持ちは胸の奥に封じ込めることを決めた。


「でも、現実的な問題があります」マルチェロが心配そうに言った。「王女様が漁師の妻になるなど...」


「私は第三王女だ」セレスティアが説明した。「王位継承順位は低い。姉たちがいるので、私が王位を継ぐ可能性は低い」


「それでも...」


「まず、君の気持ちを聞かせてくれ」セレスティアが真剣に見つめた。「私を愛してくれるか?王女としてではなく、セリアという一人の女性として」


マルチェロは長い間迷っていた。しかし、セレスティアの真剣な瞳を見て、心を決めた。


「愛しています」マルチェロが率直に答えた。「セリアさんとして出会った時から、ずっと」


セレスティアの顔が輝いた。「ありがとう」


「でも」マルチェロが続けた。「僕には条件があります」


「何だ?」


「僕は海を離れることはできません」マルチェロが真剣に言った。「もし一緒になるなら、僕は漁師を続けます。王宮で暮らすことはできません」


セレスティアは少し考えた。王宮を完全に離れるということは、様々な責任を放棄することを意味する。


「分かった」セレスティアが決断した。「私も王宮を出よう。君と共に、この海で暮らそう」


「本当に良いのですか?」マルチェロが心配そうに尋ねた。


「ああ。君がいれば、どこでも幸せだ」


レオナルドが前に出てきた。「恐れ入ります」


「何だ、レオナルド?」


「現実的な提案があります」レオナルドが慎重に口を開いた。「完全に王宮を離れるのではなく、外交的な役割を担うという方法はいかがでしょうか?」


「どういう意味だ?」


「ポルトディマーレは独立都市です」レオナルドが説明した。「殿下には、ルミナール王国とこの港町の友好関係を深める外交使節としてお住まいいただく。海洋貿易や漁業協定など、両国にとって重要な協力関係を築いていただければ、王女としての責務も果たせますし、マルチェロさんと共に暮らすことも可能です」


セレスティアとマルチェロは驚いた。そんな方法があるとは思わなかった。


「それは...可能なのか?」セレスティアが尋ねた。


「王宮とポルトディマーレ両方との交渉次第だと思います」レオナルドが答えた。「殿下の幸せを願わない王様ではありませんし、海洋貿易の発展は王国の繁栄にも繋がります」


「でも、僕のような漁師が外交使節の夫と...」マルチェロが不安そうに言った。


「君は海を知り尽くしている」セレスティアが励ました。「海洋貿易や漁業協定には、海の知識が不可欠だ。君の経験こそが必要なのだ」


マルチェロは考え込んだ。漁師の自分が、王女の夫として領地の統治に関わるなど、想像もしていなかった。


「時間をかけて考えよう」セレスティアが優しく言った。「急ぐ必要はない」


その夜、三人は『潮風亭』で夕食を共にした。マルチェロは最初緊張していたが、セレスティアとレオナルドの自然な態度に、だんだん緊張が解けてきた。


「マルチェロさん」レオナルドが親しみやすく話しかけた。「殿下から、漁について色々とお聞きしました。とても興味深いです」


「そうですか?」マルチェロが驚いた。「騎士の方が漁に興味を持たれるとは」


「海の知識は軍事的にも重要です」レオナルドが説明した。「海上輸送、貿易航路、天候予測...外交においても多くの面で応用できます」


「確かに、漁師は天候の変化には敏感ですね」マルチェロが答えた。「生死に関わりますから」


セレスティアは二人の会話を嬉しそうに聞いていた。マルチェロの知識と経験が、多くの人に役立つことを実感していた。


「マルチェロ」セレスティアが呼びかけた。「君の父上は、どのような漁師だったのだ?」


「とても立派な漁師でした」マルチェロの目が懐かしそうに輝いた。「この海を愛し、仲間を大切にし、常に安全第一で漁をしていました。僕の目標です」


「素晴らしい父上だったのですね」レオナルドが感心した。


「ええ。父がいつも言っていました。『海は恵みをくれるが、決して甘く見てはいけない。謙虚に、そして勇敢に向き合え』と」


「良い言葉だな」セレスティアが感動した。「統治にも通じる教えだ」


食事が終わると、マルチェロは少し席を外した。港の船の様子を確認しに行くという。


「どう思う?」セレスティアがレオナルドに尋ねた。


「立派な方だと思います」レオナルドが率直に答えた。「殿下が愛される理由がよく分かります」


「本当にそう思うか?」


「はい。海の男らしい誠実さと、確かな技術をお持ちです。外交使節には最適な協力者だと思います」


セレスティアは安堵した。レオナルドがマルチェロを認めてくれたことが嬉しかった。


「ありがとう、レオナルド」


「ただし」レオナルドが真剣な表情になった。「王宮との交渉は容易ではないでしょう」


「分かっている。でも、挑戦してみる価値はあるだろう」


「はい。私も全力でお手伝いいたします」


マルチェロが戻ってきた時、三人は今後の具体的な計画について話し合った。


「まず、王都に戻って父上と話す必要がある」セレスティアが言った。「外交使節の提案を正式に申し出よう」


「僕も一緒に行くべきでしょうか?」マルチェロが不安そうに尋ねた。


「いや、まずは私が一人で交渉しよう」セレスティアが答えた。「成功の見込みが立ってから、君に来てもらう」


「分かりました」


「その間、君はここで普通の生活を続けてくれ」セレスティアが続けた。「漁師としての仕事も大切だ」


「はい」


「必ず戻ってくる」セレスティアが約束した。「今度は、もう嘘はつかない」


「僕も待っています」マルチェロが微笑んだ。「セレスティア様...いえ、セリア」


「ありがとう」セレスティアが嬉しそうに答えた。


翌朝、セレスティアとレオナルドはポルトディマーレを出発した。マルチェロが港で見送ってくれる。


「気をつけて」マルチェロが手を振った。


「君もだ」セレスティアが馬上から答えた。「体に気をつけて漁を続けてくれ」


「はい」


馬が走り始めると、セレスティアは振り返ってマルチェロを見た。彼は小さくなるまで手を振り続けていた。


「殿下」レオナルドが声をかけた。「ご決断に後悔はありませんか?」


「ない」セレスティアが力強く答えた。「これが私の選んだ道だ」


「分かりました。では、王宮での交渉を成功させましょう」


「ああ。君の力を借りたい」


二人は王都に向かって馬を走らせた。真実を告白し、愛を確認し合った今、残るは現実的な問題の解決だけだった。


愛は身分の壁を乗り越えられるのか。セレスティアとマルチェロの恋の行方は、これからの交渉次第だった。


しかし、セレスティアの心には確信があった。真実を語り、誠実に愛を育んできた関係は、きっと困難を乗り越えられるはずだ。


方向音痴の王女の大冒険は、新たな段階に入ろうとしていた。

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