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甘いもの巡り大冒険

「まあ、港町は港町だ」セレスティアが前向きに考えた。「海を見るのが目的だったのだから、問題ない」


マリーナビアンカの港は、フィレンツィアとは全く違う雰囲気だった。潮風が頬を撫で、カモメの鳴き声が響いている。漁船が数隻停泊し、漁師たちが網の手入れをしていた。


「本当に美しいな」セレスティアが海を見つめながら呟いた。


青い海が地平線まで続く光景は、内陸で育った彼女にとって衝撃的だった。王宮の庭園でさえ、これほど開放感のある景色はない。


「初めて海をご覧になるんですか?」


振り返ると、年配の女性が親しみやすい笑顔で話しかけてきた。海風で日焼けした顔に、優しい目をしている。


「ああ、そうだ」セレスティアが答えた。「生まれて初めてだ」


「それはそれは!でしたら、当町自慢の展望台はいかがですか?」女性が指差した方向に、小高い丘が見える。「あそこから見る海の景色は格別ですよ」


「ありがとう。行ってみる」


展望台に向かう途中、セレスティアは町の様子を観察していた。フィレンツィアよりも小さな町だが、港町特有の活気がある。そして、何より目を引いたのは...


「あれは...菓子店か?」


小さな店の前に、美しく飾られたお菓子が並んでいる。ガラス越しに見える色とりどりのタルト、ケーキ、そして砂糖細工。セレスティアの目が輝いた。


「うむ!これは見逃せない」


愛馬フィオーラを近くの馬つなぎ場に預けると、セレスティアは菓子店に向かった。


「いらっしゃいませ!」店の中から、若い女性の明るい声が聞こえた。


「こんにちは」セレスティアが店に入ると、甘い香りが鼻をくすぐった。「素晴らしい香りだな」


「ありがとうございます!」店主らしき女性が嬉しそうに答えた。20代前半で、小柄だが元気いっぱいの印象だ。「当店自慢の『海の宝石タルト』はいかがでしょう?」


「美しい...これは芸術作品だな」セレスティアが感嘆した。


「ありがとうございます!海辺の町ならではの創作菓子なんです」店主が胸を張った。「味も見た目に負けていませんよ」


「ぜひ頼む」セレスティアが答えた。「ところで、こんな素晴らしい作品を作る方のお名前を教えてもらえるか?」


「実は、私が作ったんです」店主が少し照れながら答えた。「私はクラウディア・マリーニです。この店の菓子職人をしています」


「私はセリア。旅の途中でこの町に立ち寄ったのだ」


クラウディアが丁寧にタルトを切り分けてくれる間、セレスティアは店内を見回した。他にも魅力的なお菓子がたくさん並んでいる。


「こちらの『潮風クッキー』も人気なんです」クラウディアが別の商品を紹介した。「塩気を効かせた大人の味で...」


「それも試してみたい」


「あ、こちらの『真珠のプリン』も...」


「それも!」


気がつくと、セレスティアは5種類ものお菓子を注文していた。クラウディアが驚いたような、嬉しいような表情を浮かべている。


「お客様、かなりの甘党でいらっしゃるんですね」


「ああ、甘いものは大好きだ」セレスティアが率直に答えた。「特に、初めて見るお菓子には興味が尽きない」


店の奥のテーブルで、セレスティアは海の宝石タルトを味わった。一口食べると、ブルーベリーとレモンの爽やかな味が口に広がった。


「うむ!これは絶品だ!」


「ありがとうございます!」クラウディアが嬉しそうに座った。「実は、このタルトは私のオリジナルレシピなんです」


「君が考案したのか?素晴らしい才能だ」


「恐縮です。でも、お客様に喜んでいただけるのが一番の喜びなんです」


潮風クッキーも、真珠のプリンも、どれも期待を上回る美味しさだった。セレスティアは幸せそうに頬を緩めていた。


「クラウディア、この町には他にも菓子店があるのか?」


「ええ、あと2軒ありますよ」クラウディアが教えてくれた。「『海風堂』さんは伝統的なお菓子が得意で、『港のお菓子屋さん』は子供向けの可愛いお菓子が人気なんです」


「そうか!ぜひ回ってみたい」


「でしたら、ご案内しましょうか?」クラウディアが提案した。「お昼の休憩時間なので、少しなら店を離れられます」


「本当か?ありがとう」


二人は店を出て、まず『海風堂』に向かった。古い建物の菓子店で、重厚な雰囲気がある。


「いらっしゃい」初老の男性店主が落ち着いた声で迎えた。


「こちらはアントニオさん」クラウディアが紹介した。「この町で30年お菓子を作り続けているベテランです」


「はじめまして」セレスティアが挨拶した。


「旅の方ですか」アントニオが温和な笑顔を見せた。「でしたら、うちの『船乗りビスケット』はいかがでしょう?保存が利くので、旅のお供に最適です」


「面白そうだな」


船乗りビスケットは、硬めの食感で、噛むほどに味が出てくる。砂糖とバターの素朴な甘さが心地よい。


「これは確かに保存に向いているな」セレスティアが納得した。「船乗りの知恵から生まれたお菓子か」


「その通りです」アントニオが頷いた。「港町ならではの実用的なお菓子ですが、味にもこだわっています」


セレスティアは船乗りビスケットを購入すると、次の店に向かった。


『港のお菓子屋さん』は、前の2軒とは全く違う雰囲気だった。カラフルな装飾で、まるでおもちゃ箱のようだ。


「いらっしゃいませ〜!」若い男性が陽気に迎えた。「僕はマルコ!この店の菓子職人だよ〜」


「賑やかな店だな」セレスティアが微笑んだ。


「子供たちに喜んでもらいたくて、こんな風にしてるんだ」マルコが嬉しそうに説明した。「あ、でも大人のお客様にも人気のお菓子がありますよ!」


マルコが紹介したのは、『虹色マカロン』だった。7色のマカロンが虹のように並んでいる。


「綺麗だな」セレスティアが感心した。「それぞれ味が違うのか?」


「そうです!赤はイチゴ、オレンジはオレンジ、黄色はレモン...」マルコが一つずつ説明してくれた。


「全色試してみたい」


「ありがとうございます!」


虹色マカロンを味わいながら、セレスティアは3軒の菓子店それぞれの個性に感動していた。


「皆、それぞれ違った魅力があるな」セレスティアがクラウディアに言った。


「そうなんです」クラウディアが誇らしげに答えた。「私たち3軒は競争相手でもありますが、この町のお菓子文化を一緒に盛り上げている仲間でもあります」


「素晴らしい関係だ」


午後になり、セレスティアは展望台に向かった。クラウディアも一緒に来てくれている。


「うわあ...」


丘の上から見る海の景色は、それまで見たどんなものより美しかった。夕日が水面を金色に染め、遠くには船の影がぽつぽつと見える。


「綺麗でしょう?」クラウディアが自慢げに言った。


「ああ。言葉にできないほど美しい」セレスティアが心から答えた。


二人は展望台のベンチに座り、残りのお菓子を食べながら海を眺めていた。


「セリアさんは、どちらに向かわれるんですか?」クラウディアが尋ねた。


「そうだな...」セレスティアが考えた。実はまだ具体的な目的地を決めていない。「北の方に向かおうと思う」


「北でしたら、モンテヴェルデという山間の村が素敵ですよ」クラウディアが提案した。「羊飼いの村で、美味しいチーズが有名なんです」


「チーズか。それも魅力的だな」


「ここから北に約80キロメートルです。途中に一つ峠がありますが、馬なら1日で着けると思います」


その夜、セレスティアは港近くの宿『潮騒亭』に泊まった。窓から見える月明かりに照らされた海が、幻想的で美しい。


「今日も良い一日だった」


ベッドに横になりながら、セレスティアは今日の出来事を振り返った。3軒の菓子店巡り、それぞれの職人との出会い、そして展望台からの絶景。


「クラウディアたちのように、自分の好きなことに打ち込んで生きるのは幸せなことだな」


翌朝、セレスティアは早起きしてクラウディアに別れの挨拶をした。


「お気をつけて」クラウディアが手を振った。「また機会があったら、ぜひお立ち寄りください」


「必ずだ。君の新作お菓子も楽しみにしている」


セレスティアはフィオーラにまたがり、町を出た。クラウディアの指示通り、北に向かって馬を走らせる。


「北だな。今度こそ間違えないぞ」


しかし、町を出て1時間ほど経った頃、セレスティアは首をかしげた。


「あれ?太陽が左側にある。北に向かっているなら、太陽は右側にあるはずでは?」


実は、セレスティアはまたもや方向を間違えていた。北ではなく、南に向かって進んでいたのだ。


「まあ、大体合っていれば問題ないだろう」


楽観的に考えながら、セレスティアは馬を走らせ続けた。


数時間後、彼女が到着したのは確かに山間の村だった。しかし、それはモンテヴェルデではなく、南方にある別の村だった。


「この村の名前は?」セレスティアが村人に尋ねた。


「コリーナヴェルデです」年配の男性が答えた。


「コリーナヴェルデ?」セレスティアが首をかしげた。「モンテヴェルデではないのか?」


「モンテヴェルデは北の山間部にありますね。ここは南の丘陵地帯です」


「南?」セレスティアが困惑した。「北に向かっていたはずなのに...」


しかし、すぐに気を取り直した。「まあ、村は村だ。きっと何か面白いことがあるだろう」


コリーナヴェルデは小さな村だったが、美しい丘陵地帯に囲まれていた。ブドウ畑が広がり、所々に石造りの家が点在している。


「綺麗な村だな」セレスティアが感心した。


「お嬢さん、初めてお見かけしますが、旅の方ですか?」先ほどの男性が親切に声をかけた。


「ああ、そうだ。少し道に迷ってしまったようだが...」


「それでしたら、私の家で休んでいかれませんか?もうすぐお昼ですし」


「ありがとう」


「実は私、この村の村長をしておりまして。旅の方には、ささやかながらおもてなしをさせていただいているんです」


村長の家は、村で一番大きな石造りの建物だった。中に入ると、温かい雰囲気に包まれた。


「いらっしゃい」村長の奥さんらしき女性が迎えてくれた。「旅の方ですね。お疲れ様でした」


「ありがとうございます」


昼食の席で、村長が村の自慢を語ってくれた。


「うちの村はワイン作りで有名なんですよ」村長が誇らしげに言った。「特に甘口のデザートワインは絶品です」


「デザートワイン?」セレスティアの目が輝いた。


「ええ。食後のお菓子と一緒に楽しむワインです。よろしければ、試飲していただけます」


「ぜひ頼む」


デザートワインは、確かに甘くて飲みやすかった。普段ワインを飲まないセレスティアでも、美味しく味わえる。


「これは美味しいな」セレスティアが感心した。「お菓子との相性も良さそうだ」


「お菓子がお好きでしたら」村長の奥さんが提案した。「うちの村の『ブドウのタルト』はいかがですか?自家製のブドウを使った自慢の一品です」


「ぜひ食べてみたい」


ブドウのタルトは、甘酸っぱいブドウとカスタードクリームの組み合わせが絶妙だった。デザートワインと一緒に味わうと、さらに美味しさが増す。


「うむ!これは素晴らしい組み合わせだ」


午後は、村人たちとブドウ畑を見学した。収穫期ではないが、青々とした葉が美しく、秋の収穫が楽しみになる光景だった。


「ワイン作りは奥が深そうだな」セレスティアが感心した。


「ええ。気候や土壌、そして人の手による長年の努力が必要です」村長が説明した。「でも、それだけにやりがいがあります」


夕方、セレスティアは村を出ることにした。短い滞在だったが、村人たちの温かいもてなしに心が温まった。


「ありがとうございました」セレスティアが深々と頭を下げた。


「こちらこそ。また機会があれば、ぜひお立ち寄りください」村長が手を振った。


「今度こそ、北に向かうぞ」セレスティアが決意した。


しかし、村を出てしばらくすると、またもや方向感覚に疑問を感じ始めた。


「あれ?夕日が前方にある。北に向かっているなら、夕日は左側にあるはずでは?」


そう、セレスティアはまたしても方向を間違えていた。今度は西に向かっているのだ。


「まあ、最終的に目的地に着けば問題ないだろう」


こうして、方向音痴の王女の冒険は、予想もしない方向に続いていくのだった。しかし、道に迷うたびに新しい出会いと発見があった。


甘いものを通じた人々との交流、それぞれの土地の文化や伝統。セレスティアの心は、確実に豊かになっていった。


次はどんな場所で、どんな人々と出会うのだろうか。方向音痴も、時には素晴らしい贈り物になるのかもしれない。


愛馬フィオーラと共に、セレスティアの大冒険は続いていく。

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