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王女としての覚醒

1486年9月、セレスティアが王宮を抜け出してから1年6ヶ月が経過していた。ルミナール王宮の大広間では、秋の政策報告会が開かれている。改革開始から10ヶ月、セレスティア王女の社会改革は着実な成果を上げていた。


「殿下」宰相が嬉しそうに報告した。「医療支援制度の効果は期待を上回っています。この夏までに、薬が買えずに亡くなる子供の数が4割減少しました」


「それは...」セレスティアの目に涙が浮かんだ。「本当に良かった」


「職人支援制度も順調です」別の文官が続けた。「技術向上により、各地の工房で生産性が2割向上し、雇用も大幅に増加しています」


セレスティアは深い満足感を覚えていた。あの宿での気づきから始まった改革が、10ヶ月という期間で確実に人々の生活を変えていた。


しかし、政策報告の最中、一人の伝令が慌てて駆け込んできた。


「陛下!緊急の報告があります!」


国王が振り返った。「何事だ?」


「北方のエルドリア帝国から深刻な情報が入っています」伝令が息を切らしながら続けた。「この夏から、彼らの軍事力が異常な速度で増強されています。従来の技術では説明のつかない新兵器が大量に配備されているとのことです」


セレスティアが前に出た。「どのような増強だ?」


「新型の武器と、兵士の訓練効率の劇的な向上です」伝令が困惑した表情で答えた。「従来の技術では説明がつかないほどの進歩だと、我が国の諜報員が報告しています」


国王の表情が険しくなった。「他国の状況はどうだ?」


「ガリア王国をはじめ、複数の国で同様の軍備拡張が夏以降急速に進んでいます」伝令が続けた。「そして...各国が相互に警戒を強め、この数週間で大陸全体の軍事的緊張が一気に高まっています」


政策報告会の雰囲気が一変した。平和な改革を祝う集まりが、突然戦争の影に覆われた。


「父上」セレスティアが国王に進言した。「詳細な情報収集が必要です」


「その通りだ」国王が頷いた。「しかし、我が国はどう対応すべきか...」


翌日、緊急の軍事会議が開かれた。セレスティアも参加し、各国の情勢について検討した。


「問題は、この夏以降の技術進歩が異常すぎることです」軍務卿が地図を指しながら説明した。「まるで、誰かが各国に同時に超越的な新技術を提供しているかのような状況です」


「どのような技術なのだ?」セレスティアが尋ねた。


「武器の威力向上、兵士の体力増強、戦術の高度化...すべてが従来の常識を超えています」軍務卿が続けた。「特に気になるのは、兵士たちの行動パターンが異常に統一されていることです」


セレスティアは嫌な予感を覚えた。何か大きな陰謀が動いているのではないか。


「我が国はどうする?」国王が重い口調で尋ねた。


「軍備増強は避けられないでしょう」軍務卿が答えた。「他国がこれほど強化されているなら、我が国だけ取り残されるわけにはいきません」


「しかし」セレスティアが反対した。「軍備拡張に予算を回せば、医療支援制度などの社会政策に大きな影響が出る」


「殿下、平時ならそれで良いでしょう」軍務卿が困った表情を見せた。「しかし、戦争になれば、国民の生活も守れなくなります」


セレスティアは悔しかった。せっかく軌道に乗り始めた改革が、外的要因で阻まれようとしている。


会議が終わった後、セレスティアは父王と二人で話し合った。


「父上、軍備拡張は本当に必要なのでしょうか?」


「残念ながら、そのようだな」国王が苦渋の表情で答えた。「他国の動向を見る限り、平和的解決は困難かもしれない」


「でも、民のための政策は継続したいのです」


「できる限り両立させよう」国王が娘を励ました。「しかし、優先順位をつける必要があるかもしれない」


その夜、セレスティアは城の屋上で星空を見上げていた。1年半前の脱出、10ヶ月前の改革開始への希望に胸を膨らませていた自分を思い出す。あの時の楽観的な気持ちが、今は遠く感じられた。


「殿下」レオナルドが後ろから声をかけた。


「レオナルド...」セレスティアが振り返った。


「お悩みのようですね」


「ああ」セレスティアが正直に答えた。「せっかく始めた改革が、戦争の影響で頓挫しそうなのだ」


「しかし、殿下の改革は間違いなく多くの人々を救っています」レオナルドが励ました。「それは変わらない事実です」


「そうだが...」セレスティアが拳を握った。「もっと多くのことができるはずだったのに」


「時代の流れは、個人の力では変えられません」レオナルドが慰めた。「しかし、どんな困難な時代でも、殿下のような指導者がいれば、民は希望を失いません」


セレスティアはレオナルドの言葉に考えさせられた。確かに、外的な状況は変えられないかもしれない。しかし、その中でできることを精一杯やることが、真の指導者の責務なのだろう。


翌週、ついに軍備拡張の決定が下された。セレスティアの社会政策予算は縮小されることになった。


「申し訳ありません、殿下」宰相が謝罪した。「医療支援制度は規模を縮小せざるを得ません」


「仕方ない」セレスティアが受け入れた。「でも、完全に廃止するわけではないのだろう?」


「はい。規模は小さくなりますが、継続いたします」


「それなら良い」セレスティアが前向きに答えた。「小さくても、助けられる人がいるなら意味がある」


その日の午後、セレスティアは久しぶりにフィレンツィアを訪れた。ビアンカとの約束を果たすためだった。


「セレスティア様!」ビアンカが嬉しそうに迎えた。「お忙しい中、ありがとうございます」


「君との約束だからな」セレスティアが微笑んだ。「町の様子はどうだ?」


「実は...」ビアンカの表情が曇った。「最近、町に不穏な空気があるんです」


「どのような?」


「商人たちの間で、戦争の噂が広まっているんです」ビアンカが心配そうに説明した。「『新しい武器を持った軍隊が各地に現れている』とか、『近いうちに大きな戦争が始まる』とか...」


セレスティアの表情が険しくなった。噂は既に庶民レベルまで広まっているのか。


「お父さんも心配しています」ビアンカが続けた。「パン屋の仕事にも影響が出始めていて、小麦の値段が上がり始めているんです」


「小麦の値段が?」


「はい。戦争になると食料が不足するから、商人たちが買い占めを始めているみたいです」


セレスティアは愕然とした。戦争はまだ始まっていないのに、既に人々の生活に影響が出ている。


「ビアンカ、もし本当に戦争になったら...」セレスティアが重い口調で言った。「私は王女として、民を守らなければならない」


「それは...危険な場所に行かれるということですか?」ビアンカが心配そうに尋ねた。


「そうなるかもしれない」セレスティアが覚悟を込めて答えた。「でも、それが私の責務だ」


「危険じゃないですか?」


「危険だろうな」セレスティアが正直に認めた。「でも、安全な場所にいる指導者に、民を守ることはできない」


ビアンカの目に涙が浮かんだ。「セレスティア様...」


「泣くな」セレスティアがビアンカの肩に手を置いた。「まだ決まったわけではない。それに、私には信頼できる仲間がいる」


夕方、王宮に戻ったセレスティアを、さらなる深刻なニュースが待っていた。


「殿下」軍務卿が重大な表情で報告した。「エルドリア帝国軍が国境付近で大規模演習を開始しました。規模は従来の5倍です」


「演習?」セレスティアが確認した。


「表向きは演習ですが、実質的には威嚇行為です」軍務卿が答えた。「我が国への圧力を明確に意図しています」


国王が決断した。「我が国も国境の警備を強化する。セレスティア、お前も国境視察の準備をしてくれ」


「承知いたしました」セレスティアが答えた。


その夜、セレスティアは自室で鎧の手入れをしていた。1年前の盗賊退治以来の戦闘装備だった。


しかし、今回は前回とは重みが違って感じられた。今度は、もっと大きな戦いに向かうかもしれない。


「殿下」侍女が心配そうに声をかけた。「本当に国境に行かれるのですか?」


「ああ」セレスティアが剣の刃を確認しながら答えた。「民を守るのが王女の務めだ」


「でも、危険すぎます」


「危険を避けて民を守ることはできない」セレスティアが毅然として言った。「それに、私は一人ではない。レオナルドや騎士団がいる」


侍女は何も言えなかった。セレスティアの決意が固いことが分かったからだ。


翌朝、出発の準備が整った。セレスティアは父王に最後の挨拶をした。


「父上、行ってまいります」


「気をつけろ、セレスティア」国王が娘を抱きしめた。「お前は我が国の宝だ」


「民もまた、我が国の宝です」セレスティアが答えた。「必ず皆を守って帰ります」


「頼む」


王宮の中庭で、レオナルド騎士と20名の精鋭が待っていた。


「殿下、準備完了です」レオナルドが報告した。


「よし、出発しよう」セレスティアが馬にまたがった。


城門を出る時、セレスティアは振り返って王宮を見た。美しい白い城壁、平和な王都の街並み。これらすべてを守るために、自分は前線に向かうのだ。


「殿下」レオナルドが馬を並べた。「今回の任務は、これまでとは性質が違います」


「分かっている」セレスティアが答えた。「でも、私は変わっていない。民を守りたい気持ちは同じだ」


「はい」レオナルドが感動した。「殿下と共に戦えることを誇りに思います」


一行は北へ向かって馬を走らせた。遠くに見える山々の向こうに、エルドリア帝国軍が展開している。


道中、セレスティアは過去1年6ヶ月のことを振り返っていた。王宮脱出から始まった冒険、様々な人々との出会い、恋と別れ、盗賊退治、そして改革の10ヶ月間。すべてが今の自分を作り上げている。


「私は成長した」セレスティアが心の中で確認した。「もう迷子になることはない」


それは物理的な意味だけではなかった。人生の方向、王女としての使命、民への責任。すべてが明確になっていた。


夕方、一行は国境近くの砦に到着した。既に多くの兵士が配置されており、緊張した雰囲気が漂っている。


「セレスティア様!」砦の司令官が迎えた。「よくお越しくださいました」


「状況を教えてくれ」セレスティアが端的に求めた。


「エルドリア軍は我が国から約15キロメートルの位置に大規模な陣地を構築しています」司令官が地図を示した。「兵力は推定3万、我が方は8千です」


「4対1近い劣勢か」セレスティアが冷静に分析した。「厳しい数字だな」


「しかし、我が方には地の利があります」司令官が続けた。「それに、殿下がいらしてくださったことで、兵士たちの士気は大幅に向上しています」


セレスティアは砦の兵士たちを見回した。確かに、彼らの表情には決意と希望が宿っている。


「皆」セレスティアが兵士たちに向かって話しかけた。「私はセレスティア・ルミナール。お前たちと共に、この国と民を守るために来た」


兵士たちがざわめいた。王女が直接語りかけてくれることに感動していた。


「私は約束する」セレスティアが力強く宣言した。「最後まで、お前たちと共に戦う。そして、必ず勝利を掴む」


「セレスティア様!」兵士たちが歓声を上げた。


その夜、セレスティアは砦の見張り台に立っていた。遠くにエルドリア軍の篝火が見える。明日には、本格的な戦闘が始まるかもしれない。


しかし、セレスティアに恐怖はなかった。1年6ヶ月の経験が、彼女を真の指導者に変えていた。


「来るなら来い」セレスティアが夜空に向かって呟いた。「私は王女セレスティア・ルミナール。民を守るためなら、どんな敵とも戦う」


星空の下、方向音痴だった王女は、ついに自分の進むべき道を完全に見つけていた。


どんな困難が待っていようとも、もう迷うことはない。真の王女として、民を守り抜く覚悟が完成していた。


愛と友情、そして正義への信念を胸に、セレスティアの真の冒険が、いよいよ本格的に始まろうとしていた。

みなさま、迷子姫の大冒険はお楽しみいただけましたでしょうか?

この作品は、私が同時並行で執筆している、The Divine Oracle 2の前日譚です。

この作品をお楽しみいただけた方は、ぜひ、The Divine Oracleの本編もお読みください。


The Divine Oracle 2

https://ncode.syosetu.com/n6984kr/


The Divine Oracle

https://ncode.syosetu.com/n2834kr/

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